「…え、マジで…?」
目の前に立つ青年をみて、一は開いた口がふさがらなかった。
「…えっと、……ミケ…?」
「うん、ミケ」
今まで見ていた姿と違うミケ、らしい男は淡々と答える。
「あ、あのさ、」
「なに?ハジメ」
「いや………」
昨日までは普通だった。いつもと変わらない猫の姿。ブロンドの毛並みにブルーの瞳をした普通の猫だった。
でも今自分の目の前にいるミケは、ブロンドの髪にブルーの瞳をした人間の男。れっきとした人間の姿。
「…俺、夢見てんのか?」
疲れてるのかもしれない。いや、絶対疲れて長い夢でも見てるんだと思う。
まるで猫がするように、手を丸めて目の横をくしくしするミケ…という男は、全部自分の夢の中のもの。
「(ハハ……あいつらに話したらバカにするだろうな、こんな夢。)」
そんなことを考えていると、こちらをずっと見るミケ(?)が目の端にとまる。
「…ど、どうした…?」
「ハジメ、オレおなかすいた」
「えっ、あっ、あぁ、」
ちょっと待ってろ、と反射的にいつもの煮干しに手をのばしたがそこではたと気付く。
(人間の食べ物じゃなくていいのか?)
ミケ(人間)の行動はいつものミケ(猫)と変わらない。現に今だって猫がするように手をついて座っている。
(でも、煮干し、食べるか?)
煮干しを手にとったまま立ちすくんで考え込んでいると、ミケは一の方へ寄ってきた。
「ハジメ、ハジメ、ソレちょうだい!」
「えっ!コレ食べんのか?」
「だってオレそれすきだもん。」
ニカッと笑うミケは、どこからどうみてもやっぱり人間で。
でも煮干しを与えれば床に置いたまま直接口で食べる。猫だ。
「ハジメ〜」
「どうした?」
「ゆーり、いつかえってくる?」
煮干しを食べおわったミケが口にしたのは自分のかわいい恋人の名前。
「ゆーり、いいにおいするし、やさしいからすき。」
そしてまさかの飼い猫からのライバル宣言。
でもそんな言葉には動揺せず、堂々とミケに告げる。
「残念だな。悠里のことを一番好きなのは俺だぜ?」
それを聞いたミケは、微笑んで、
「しってる。ふたりがなかよしなのが、いちばんすき。」
と言って、目を細め一の手のひらを自分の頭に乗せスリスリとしだす。
「……ククッ、」
「?なにがおもしろいの?」
いきなり肩を震わせて笑う一に不思議そうに首を傾げるミケ。
「いや、本当にお前、ミケなんだと思って。」
「だから、そう言ってる」
大きい瞳をパチパチさせながら尚も頭をすり寄せてくるミケを撫でながら、悠里遅くなるんだったよな?と頭の中で確認。
いくら本来が猫だろうと、人間の男が悠里にくっつくのは嫌だから。悠里が帰ってくるまでにミケが猫に戻ることを小さく願った。
「ねぇ」
「ん、どうかしたか?」
「ハジメは、いつものオレと、いまのオレ、どっちがいい?」
ソファーでくつろいでいると、いきなりミケからの質問。
ミケの方を見れば、大きなブルーの瞳が揺れることなく一を見つめている。
人間のミケか、猫のミケ…。
「んー、どっちでもいいかな。」
「え?」
「だってどっちもミケだろ?それに、普段の猫の姿でだって俺は結構ミケと会話してると思うし。」
だろ?と笑えばミケは喉を鳴らしてソファーの上で丸くなった。寝るんだろう。
そんなミケを見て自分も睡魔に従ってまぶたを下ろした。
「…じめくん…!はじめくん!」
「ん………」
微かに聞こえてきた声に薄く目を開ければ、悠里の顔。
「ベッドで寝なきゃ風邪ひいちゃうわよ?」
「…起きる…、おかえり…。」
ソファーに横たわる体を起こそうとすれば腹部に重み。
「ただいま。はじめくんとミケ。」
悠里の言葉で気付き、腹部を見れば丸まっている、猫の姿のミケ。
「猫、に戻ってる…」
「にゃあー」
あのミケの姿はやっぱり夢だったのかもしれない。でもどっちにしろ、ミケはミケに変わりない。
一は小さく笑ってミケの首を撫でた。
(でもコイツ、意外と男前だったな…)
ミケの人間の姿を思い出して、悠里の帰宅が遅かったことへ改めて安堵した。
「(しばらくは悠里に近づくのやめさせようかな。)」
「にゃ〜ん♪」
(ミケってば本当にかわいいわね。)(あっ、こら、ミケにちゅうすんな悠里!)
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