今日は女性が好きな男性にチョコレートを渡し、愛を囁く日。
それは悠里も例外ではなく。
昨日の夜、何度も思うように作れず失敗を繰り返したチョコレート。そしてやっと完成したものをかわいくラッピングして、瞬の家に来たのだが。
「…悠里、すまない。」
肝心の瞬は風邪を引いてしまって、ベッドに横たわっている。
「いいのよ、そんなこと。それよりも瞬くんが早く治ってくれるほうが嬉しいわ。」
申し訳なさそうに謝る瞬に悠里は微笑む。
そして何かに気付いたように自分のカバンを漁りだす。
「どうした?」
「あった!薬、買ってきたの。」
ここにくる前に買った薬を取り出して寝ている瞬を起こす。
「薬まで…。あとで金は払うから。」
「いいわよ、お金なんて。」
「でも…。ここまで迷惑も掛けてしまって…。」
「迷惑だなんて思ってないわ。私は瞬くんを看病できて、嬉しいんだから。不謹慎かもしれないけど…。」
ニッコリと笑う悠里にホッとしながら、嬉しい言葉に嬉しさを噛み締める。
「薬飲む前に何か食べなくちゃね。瞬くん、キッチン借りてもいい?」
しかしその言葉にハッとしてキッチンに向かおうとする悠里の腕を掴む。
「え?どうしたの瞬くん。」
「い、今は腹が減っていない。」
今では悠里の手料理も食べれるようになった。しかし今自分は弱りきっている。いつもは悠里への愛で食べれるが、今の状態では話は別だ。逆に調子が悪くなってもおかしくない。
そんな瞬の心配を知らず、悠里は瞬の手をやんわりと自分の腕から外す。
「でもなにか食べなくちゃダメでしょ。」
「今、俺の家には材料がなんにもないんだ…!」
「じゃあ、スーパーに行って、」
「いや!行かなくていい。」
瞬の必死の制止に半ば諦めた悠里はまた何か思いついて再びカバンを探る。
「これがあったわ!」
その手に持っているのはかわいくラッピングされたもの。
「それは…?」
「チョコレート。こんなときになんだけど、ハッピーバレンタイン、瞬くん。」
「あ…ありがとう、すごく嬉しい。」
きっと中身はすごいんだろうな、と思いながら瞬は受け取る。
例えチョコレートに見えなくたって愛する彼女が自分のために作ってくれたのはこの上なく嬉しいのだ。
「チョコレートって、あんまり消化によくないかもしれないけど、何も食べないよりはマシだから。」
「え……。」
確かに嬉しいのだが、チョコレートだって今の状態で食べられるものではないことに変わりはない。
悠里はいそいそとチョコレートを袋から出す。
出てきたチョコレートは予想どおりの形。
しかし、「瞬くんにおいしいって言ってもらえるように頑張ったのよ。」とニコニコしている悠里を見れば体の怠さなど忘れてしまうくらいに愛しさが募る。
(ダメだ…。今どうしても悠里を抱き締めたい。)
熱のせいもあってか、いつもより悠里に触れたくて仕方がない。
それは自分の体に危険を及ぼすかもしれないチョコレートを食べなければならないということも忘れるくらいに。
「……悠里。」
きっと熱はまだ高い。このまま彼女に触れてしまえばこの熱を移してしまうかもしれない。
「ん?なぁにっ…─!?」
でもそんなことを気にする余裕もなく悠里を自分の方へ引っ張る。
「ちょっと瞬くん?チョコレートが落ちちゃうじゃない。」
自分の胸の中から上目遣いで睨んでくる悠里にどうしようもなく触れたいと思ってしまって。
「…キス、してもいいか?」
顔は真っ赤になっていると思う。
でもそれは熱のせいにしてしまおう。
「…悠里、キス…したいんだ。」
驚いてなにも言わない悠里にもう一度伝える。
2回目でやっと理解できた悠里は顔を赤くしながら、コクンと小さく頷く。それが合図のように、瞬は一気に悠里の唇に触れる。
「…瞬くん、もし風邪が移っちゃったら今度は瞬くんが看病してくれる?」
照れたようにうつむいて言う悠里に自然に笑みが零れる。
「もちろんだ。」
そう言ってもう一度、彼女に口付けを落とす。
それはきっとどんなチョコレートよりも甘く、どんな言葉よりも心を満たす最高のバレンタインの贈り物だと瞬は思った。
♯このあと案の定、風邪がうつりましたとさ
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