この前のお話
お前が苦い顔をするのは、
決まって俺の為だったね。
けれど、俺は
忍足と別れた俺は、はっきり言って覇気が無かった。煩く心配してくる女共を振り払い、嫌気が差して保健室に逃げた。
保健室は静かで好きだった。けれど、真っ白なカーテンを眺めていると、あいつの黒が恋しくなる。
闇にお前は映えないだろう?だから、お前は見えるところに居て。
突き放したのは俺なのにね。こんな我が儘、自分勝手で馬鹿馬鹿しい。
――――――……‥
「先生、ベッド空いてます?」
不意に、その恋しいあいつの声が聞こえた。この、カーテンの向こうにあいつが居る。
「ごめんなさいね、今は空いてないのよ」「さようですか、じゃあええです」
「ごめんなさいね、今日はどうして?」
「ちょお、寝不足でして」
――寝不足?どうして?
「忍足君、何かあったの?」
「ええ、まあ」
「そう、ここで良ければゆっくりして行って。私は職員室に行ってくるから」
「はい」
保険医の気配が消えた。何も聞こえない。わかるのは今、俺と忍足二人きりということ。
「はあ…」
忍足が溜め息を吐いた。
なんで、溜め息なんて吐くの…?
今すぐお前を抱き締めてしまいたいよ。
「景ちゃん…なんで、別れなあかんのん…っ?」
忍、足…?
まだ俺を好きでいて呉れるの…?こんな、我が儘で、自分勝手な俺を…?
「…っく、忍足…っ」
「景ちゃん…っ!?」
忍足が、ベッドに近づいて来るのがわかった。カシャン、とカーテンが揺れる。
「あ、開けるな!!」
俺が叫ぶと、開きかけたカーテンが止まった。
「景ちゃん、泣いとんの…?」
「るせえ…っく…」
「なあ、景ちゃん?」
忍足の声が、優しく響く。
「俺は、まだ景ちゃんが好きやで」
「…俺と居たら、お前が辛いだろ」
「いいや、辛いやなんて思ったことないで」
「嘘」
「嘘やない」
涙が止まらない。見えないけれど、近くにある呼吸。胸が苦しい。今すぐお前に抱きつけるならば。
「景ちゃん、俺はなんも辛ないで。辛いのは、
お前やろ?景吾」
優しい声は、きつく俺の心を締め付けた。
「そんな、ことねえ…っ」
「俺は、景吾と居って辛いことなんて無かったで。危険なことも、なんも無かったと思う。けど、景吾はちゃうやろ?ちゃうから…別れたいなんて思…」
「違う!!」
違う、違う、違う!
俺はただ、我が儘で馬鹿だった。
ただ忍足を、愛していた。
「忍足は…っ俺の我が儘に振り回されてただけだ…っ」
「そないことない」
「けど…っけれど俺は…っ
お前が好きで、たまんねえよ…っ、でも、お前は…っちゃんと幸せになって…」
「……なら、別れたない」
カシャァ――
カーテンの白が視界から消え、黒と温もりに包まれる。
「お…した…り…」
「これからは、辛ならないようするから…」
ぎゅうっと、抱き締められる。
「景ちゃんと居るんが、俺の幸せや」
近すぎて、顔が見えない。
そんな距離もいいかもしれない。
e.n.d.
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