俺が息をする場所。

俺が生きて行く場所。


生き継ぎ







放課後、俺たちは言い争いながら帰ってたんだ。


「景ちゃん、お話し聞いてって!あれは…」

「言い訳なんて聞きたくねえ。」


言い争う、って言っても俺は忍足の言葉に一切耳を傾けなかったから、言い争いにもなっていなかったのだけど。


「景吾!」

「だから聞きたくねえつって…」



いつも《景ちゃん》と呼ぶあいつがこんな喧嘩ぐらいで《景吾》なんて呼ぶ訳ないのにね。あの時立ち止まらなかった事は人生唯一にして最大の後悔だ。




「危ない!」

ドンっ




キキィーーッ

「…っ、」


急に突き飛ばされ意味がわからず忍足を見る。…そう、俺は、忍足を見たんだ。なのに…


「え…?」


そこにいたのは《忍足だった》人。

ゴワゴワの癖にといてやるとサラサラになる髪は体から流れ出る赤黒い血でドロドロに。一人暮らしとは思えないくらいキレイにアイロンのあてられたカッターは車にぶつかった衝撃でグシャグシャに。代名詞のだて眼鏡はレンズは割れてボロボロに。

そして、さっきまで喧嘩していた忍足は、


「お、したり…?」

体を揺すっても

「おい、ゆうしっ!」


何度呼び掛けてもピクリとも動かない。


「ゆうし!起きろよ!おい!ゆうし!」






「きゃー!男の子が…!」


「誰か!救急車を!早く!」







そこからの事は余りよく覚えていない。気付けば俺は病院のロビーにいた。
ただ覚えている事はひたすら侑士の名前を呼び続ける事しか出来なかった事と、今俺の制服を染めている《赤》はあいつの血だと言う事だけ。



俺も一応《被害者》という事で警察から事情聴取された。でもずっと上の空だった。赤信号で飛び出したと言う事もあり俺への聴取はすぐ終わり、侑士をひいた加害者の刑も比較的軽く済むらしい。

…俺が被害者?笑わせるな、一番の加害者はこの俺だ。下らない嫉妬でろくに信号も見ずに車道へ飛び出し全く関係ない人を巻き込んだ。


そしてなにより…


大切な人を傷つけた…っ


これを加害者と呼ばずして何と呼ぶ?


寒いだろう、と救急隊員の人が肩にかけてくれた忍足のブレザーをぎゅっと抱き締める。

そこからはあいつの香りしかしなくて、


「景ちゃん!」


まだあいつが隣に居てくれる気がしたんだ。










それからしばらくして面会が許された為、フラフラとした足取りで忍足の病室へ向かった。

スー、とゆっくり引き戸を引く。ピッピッピッと呼吸器の音がして忍足が《生かされている》事を実感した。



ベッドの隣に備え付けられている椅子に座り忍足の顔を見る。

メガネは割れていたくせに無駄に端正な顔には目立った外傷なんてなくて殴ったら今すぐ目を覚ましそうだ。


だから余計に切なくて。
…眠っているようだから無駄に期待する。
いつも通り、だなんて本当に無駄な期待。





「なぁ、本当は分かってた。」

答えは返って来ないけど俺は眠っている忍足の手をにぎり話し出した。





俺たちが喧嘩をしていた理由は本当に下らない、下らなさすぎる俺の嫉妬だ。

たまたま忍足の告白現場を見てしまい、
「浮気か?」と責め立てた。「諦めるからこれだけ受け取って」だなんて言われて、あいつはそれを受け取っていたから…


そして押し問答が始まり、あげくの果てがこれだ。




ほんとはな?あの雌猫となにもなかったなんて分かってたよ。

ほんとはな?お前が優しさの固まりゆえの事だったって分かってたよ。



「全部分かってた。…お前…俺の事大好きだったもんな。」


お前が聞けばせやで、なんて。しまりのない顔をして笑うかな。


そんな事をただ語りかけ続けた。




分かっていた事でも…俺が知らない所で女に触れている事が嫌だったんだ。

分かっていた事でもお前の優しさの対象はいつも俺であって欲しかったんだ。






色んなことに嫉妬したよ。

でも何に一番嫉妬したかって?

あんな風に素直に気持ちを伝えられるあの子に。



そこに一番嫉妬したんだ。俺はいつだって素直になれないから。

こんな感情…下らなさすぎて涙が出てきた。






「素直に言えなかったけど…っ…俺だって、」

お前の大切さなんて言われるまでもなく分かってた。分かってたつもりだった。


でも全然分かってなかったんだな。お前が二度と目を覚まさないって思ったら震えが止まらない。


それでもお前は手を握り返してはくれなくて。涙腺は崩壊一歩手間だった。


「俺だって…!」



お前が居なきゃ生きて行けないなんて言うつもりもなければ予定もない。

だけど、お前が笑わなきゃ俺は上手く笑う自信なんてないんだよ。




「お前が…大好き、なんだよ…」



もうワガママとか言わねえし、素直になるから…だから、っ!


「目、覚ま…っせよ、!早く、手繋げよっ!…早く早く早く早く…っ!はやく、だきしめろよ…お」



握った手は強く握り過ぎて真っ白になり、ベットのシーツは俺の涙でぐしゃぐしゃだ。


ダメだ、苦しい。上手く息が出来ない。





「ちゃんと好きだから…っ…、逝かないで…!」


握り返してくれない手に何度も何度も願った。

ただおまえをうしなうことがこわかったんだ。









「そんなん…当たり前やろ?」



「え…ゆう、し?」


涙で濡れるシーツしか見てなかった顔をあげると呼吸器を外して苦しそうに微笑む忍足がいた。


よく回らない頭をフル回転させて急いでナースコールを押そうとしたのだけどそれは叶わなかった。だって物凄い勢いで抱き締められたから。


「おい、急に起き上がったら…っ」

「堪忍な…不安にさせて。でも俺…景ちゃん一筋やねん、信じて…しかも、こんな寂しがり屋なお姫様置いて逝けるかいな。」


抱き締められた肩口から荒い呼吸が聞こえてきて俺の涙腺はまた緩み始めた。…そんな苦しい思いしてまでなにしてんだよ…


「…っ、う…、ひっく」


「もう泣かんといて?…目ぇ瞑る前の記憶が景ちゃんのかわいい嫉妬で、目ぇ覚めた時の記憶が景ちゃんのかわいい告白やなんて…」



そこまで言うと抱き締められていた腕はほどかれ両頬を優しく包まれた。



「っ…?、」

「幸せすぎて俺が泣きたいぐらいやで!」





包まれた頬の暖かさと見上げた忍足の優し過ぎる表情に、俺も先程とは違う涙が流れたんだ。






「ぶはは、景ちゃん泣き過ぎやし〜」

「、うるせぇ…っ」






溢れでる涙を拭ってくれる手に自分の手を重ねて息を吸う。



…あぁ、大丈夫だ。もう苦しくない。

「なぁ忍足…」

「ん?」

「…好き」

「っ…!ほんま、幸せすぎて泣きそうや…」



多分俺はこれからも



君の隣で息をする、

君の隣で生きをする。


君とふたりで生きを継ぐ。






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