「蓮二。おい、蓮二!!!」
「あぁ、すまない。どうかしたか?弦一郎」
「どうしたもこうしたもないだろう。もう練習が始まる時間だ、いつまで部室にいるつもりだ」

柳はぱっと部室の壁に掛けてある時計を見る。
確かにあと10分ほどで練習が開始される時間帯になっていた。

「すまない。少し考え事をしていた」
「考え事?」

あぁ、と柳が言うと真田の目の前に麦茶の入ったプラスチックのコップを差し出す。

「青学に俺の幼なじみが居ることは知っているな」
「うむ。乾だろう」
「そうだ。その貞治がお茶っ葉をくれてな。今日それを淹れて来たんだが……」
「何か問題でもあるのか?」

真田は訳がわからない、といった風に顔をしかめた。

「大有りだ。俺は麦茶が飲めない」
「は、初耳だぞ」

柳は驚く真田をよそに淡々と、そうだろうな、と繋げた。

「初めて言うからな。とにかく、貰ったからには飲んで感想やら御礼やらをする礼儀がある。しかし、俺は麦茶が飲めない。どうするか。それを先程までずっと考えていたんだ」

そのとき、柳の滅多に見られることのない瞳が静かに覗いた。

「そこで、弦一郎。俺の代わりに飲んで感想を聞かせてくれないか?」
「俺がか?」
「他に誰がいる。そうしたら俺は練習に集中できるんだけどな」
「む……まあ、いいが。そんな大層な感想は言えないぞ」
「気にするな。俺が上手く誤魔化す。ほら、もう練習が始まる時間だ。早く済ますぞ」

真田は渋々柳からコップを受け取ると一気に中身を口へと流し込む。
その時、勢いよく部室のドアが開いた。

「もう!!!何時まで部室に二人っきりでいる気だい。そんなの俺が許さな――――」
「うあ゛っゲホゲホッ」
幸村が啖呵を切った直後、真田が前のめりになって激しく咳き込んでそのままうずくまる。
「弦一郎!!!」
「真田!!!」

幸村と柳はあたふたと真田に駆け寄って背中を撫でた。
それでようやく落ち着いたのか真田は時折咳き込みながらゆっくり立ち上がる。

「れ、蓮二っ!!なんゲホッなんなのだあの麦茶は……!!」
「すまない、大丈夫か。弦一…ろ……う」
「?、なんなのだ」

真田が首を傾げるとサイズが合わなくなった帽子がポサリと床に落ちた。
「さ、真田ー!!!」
「うわっゆ、幸村!?いつからそこに………。む、幸村……そんなにデカかったか?」

真田はぎゅうぎゅうと抱き締めてくる幸村をぺたぺたと触りながら再び首を傾げた。

「貞治……あいつめ…」
「蓮二、なにがどうなっているのだ。何故お前も幸村もそんなにデカい」
「ダメだよ真田。そんな目で見つめちゃ!!!俺、なんだかムラムラしてきた」
「落ち着け、幸村。弦一郎、口で言うのが難しいので自ら鏡を見てこい」
「う、うむ」

真田は幸村の手から逃れると部室に備え付けてある等身大の鏡に向かった。

「な…っ!!これは一体どういうことだ!!!縮んでおるではないか!!!」
「ふふ、小学生時代の真田だね」

幸村は再び真田を腕に捕らえるとそのまま抱き上げる。
真田はバランスを崩しながらも幸村のジャージを掴むことで何とか姿勢を保った。

「すまない。貞治の麦茶が原因だ。まったく、あいつはこんなものを送って来て何を考えているんだ。幸村、弦一郎、すまないが少し外すぞ。貞治に元に戻す方法を聞いてくる」
「あぁ、頼んだぞ。蓮二」
「ゆっくりでいいからねっ」

柳が部室を出て行くとバタンと無機質な物音だけが異様に響いた。「さて……、なにをしようかな?」
「ゆ、幸村。頼むから下ろしてくれ。身の危険を感じる」
「それは聞けないな」
「幸村!!!」
「ああ!!!怒った顔すっごく可愛いよ、真田!!!」
幸村はすりすりと頬を寄せる。
「やめんか!!!離せ!!!」
「うわぁ、ヤバいよ俺。ちっちゃい子にイタズラをする変質者の気持ちが少し分かる」
「や、やめてくれ……」

まさに意気消沈といった表情の真田が苦し紛れに呟く。
そんな反応に幸村は肩を震わせた。

「冗談冗談。でもやっぱり大きい真田がいいな……」
「幸村…………」

少しシュンとしながら呟いた言葉に真田は不覚ながらもときめいてしまう。
こういう時、真田はやはり自分が幸村を大切に想っているのだと嫌な程に自覚する。
そんな事を幸村の伏せた瞳を見つめながら思った。

「だって、俺。俺より背の高い真田を俺の身長に合わさせてキスしたり」
「幸、村……?」
なんだか不穏な空気が流れてきた。
真田の背筋に冷たいものが流れる。

「下にして乱れさせたりして、征服するのが大好きだったのに!!!真田が俺より小さいんじゃ意味が無いじゃないか!!!」
「ゆ、幸村ァァァァ!!!!」

幸村が吠えると同時に顔を真っ赤にした真田の悲鳴のような叫びが部室に木霊する。

「だから真田、早く元に戻って!!!」
「うるさいわ!!!」

いつもの剣幕で怒声をあげた真田の瞳に幸村をなぜ好きになってしまったのだろうという後悔の涙がうっすらと浮かんでいたのは誰も知らない。


end.

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