※三強の話
いつからだろう。孤独を感じるようになったのは。
いつからだろう。自分の存在を示すためか、手首を切り始めたのは。
それが癖になるまで時間などかからなかった。
それが弦一郎や精市にばれることも、それを罵り俺を退けたりしないことも、更に必ず心配してくるということも、
わかっていたのに止めることができなかった俺は、自ら孤独に留まっていたのかもしれない。
それが、本当に孤独なのか考えることもせず。
孤独な星
手首には、何本もの赤い線ができていた。縦にも横にも。
縦に切る方がよく血が流れるのは知っていた。けれど、躊躇っていたのか傷は浅い。
だから、少し薄めの縦線と、濃い横線が幾本も重なっている。
×××...ある放課後の事、俺は部室にいた。
手首を切って、流れ落ちる血液を見ていた。それが自分のものという意識はとうに消えている。
まず、血液に興味がない。血液嗜好ではないのだ。
貧血か、脳がぐるりと動いたように立ち眩みがした。それを抑えるように、切っていない方の腕を挙げ頭に手を充てた。
その時、部室のドアが開いた。
「蓮、二…?」
「――弦一郎」
弦一郎が立っている。逆光の所為で顔色は窺えない。
すると間髪入れずに弦一郎は駆け寄って来た。そして痛い程に、肩を掴んだ。
「蓮二!何をしているのだ…っ!そんな、そんなところを切ったら…死んで、しまうだろう…!」
流石の弦一郎でも、リストカットをすれば死に至る可能性があるのは知っていたらしい。
弦一郎は、部室に置いてあるタオルで血を拭い抑えてきた。手首に鈍痛が走る。タオルは赤くなっていく。
「蓮二…どうして…っ」
俺は答えない。
「貴様はッ」
「――真田?」
精市が、部室を覗き込んでいた。そして俺と弦一郎、そして床の赤い染みを一瞥すると眉を潜めた。
状況を理解するのには充分だったのか、精市は静かに部室へ入り、ドアの鍵を閉めた。
「柳は、死にたいの?」
「―ッ、蓮二…そうなのか…!?」
「さあな」
また、俺は答えない。
「柳、死にたいのなら俺は止めない。勝手にすればいいよ」
「幸村…ッ」
弦一郎が精市を睨んだ。
「なんだい真田、お前はこんな柳の肩を持つの?」
「なんだ…その言い方は…!」
「自殺願望があるような弱い奴、俺は知らない。勝手に死ねばいいよ」
「幸村ああああ!!」
弦一郎が吼える。精市に殴りかかろうとする。精市は動じない。
「俺は!生きたくても死ぬかもしれない崖っぷちに居たっ、一人ぼっちで、何度も絶望して!柳はっ、俺を侮辱してるつもりかい!?」
弦一郎の手が止まる。精市は息を荒く吐いた。
「…柳、お前は一人じゃないよ」
精市は儚く呟いた。そして「行くよ真田」と弦一郎を連れ、部室を後にした。
×××...
しかし、俺はまだ手首を切るのを止めない。別に、精市を傷つけるつもりは無かった。
ただこれは、俺の弱さ故の自傷行為であり、死にたいわけではない筈だ。
RRRRRRRRRR――……‥
携帯電話が、煩く鳴りだした。ディスプレイには「弦一郎」と出ている。
「はい」
『蓮二か?』
弦一郎の声を聴くと、何か落ち着く。優しい声だと思う。
『なあ蓮二、空を見てみろ』
「空?」
部屋のカーテンを開け、夜空を見上げた。それには、一つだけ光が見えた。
『星は見えたか?』
「ああ、一つだけ」
「冬は星が綺麗に見える。しかし、神奈川は明るすぎて少数しか見ることは出来ないだろう?」
「ああ」
『俺は、今日のような空は孤独に見える』
弦一郎の声が、寂しげに曇った。
「一つだけで、光っているから…と?」
『ああ、しかしそれは違うのだ。実際は沢山の仲間に囲まれている、だから光っていられるのだ』
涙が、頬を伝う。歪んだ視界は、万華鏡のようで、一つだった星はいくつもの星に囲まれているように見えた。
『蓮二は、一人ではない』
「ああ…ありがとう」
今日も夜空で、星は光っている。
E.N.D.
(なあ、蓮二?)
(だからもう手首は切らないでくれ)
ああ、俺は独りじゃない
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