息が、白い。
温もりを求めて手を伸ばしたけど、さまよう指先がたどり着いたのは、冷たい空虚の風だけだった。
(君がいない季節が来るだなんて)
(その時の僕にはわからなかった)
吸い込む空気が冷たく、深く息を吸い込めば咽せ返る。
中庭までの廊下の冷たさと静けさに顔をしかめた。
「やはり、ここに居たのか幸村」
「あれ?真田、委員会はどうしたんだい?もしかしてサボり?」
来ることを悟っていたかの様に、幸村は自然に笑った。
「たわけが、今日は休みだ」
「だろうね、それで何しに来たんだい?」
「うむ、何か手伝うことは無いか、と思ってな」
すると幸村は柔らかく微笑んだ。
「丁度いいよ、花を植え替えようと思っててね。今植えてある花を採るのを手伝ってくれるかな?」
「…無論だ」
「ありがとう」
幸村の隣に座り、真田は無言で花を採る。
幸村の視線に気付かぬ振りをして。
「…っくしゅ、あー寒いな」
「風邪でも引いたか?」
「そんなことないさ、俺はこう見えて頑丈だ」
楽しそうに笑う幸村を後目に作業を続けた。
「幸村、手が止まっているぞ」
「ああ、ごめんごめん」
少し慌てた様に、伸ばされた幸村の手が偶然触れた。
触れた拍子に痛みが走る。
「!」
「いったあ!…静電気なんて久しぶりだなあ、もうそんな季節かあ…」
「そうだな、もう冬だ。…というより、随分手が冷えてるではないか!いつからここに居たのだ!」
「えっとー、お昼から?」
すると真田は立ち上がり、表情を変えて吠えた。
「たわけ!もう少し己の身を考えて行動せんか、貴様はいつも危なっかしい…!!」
幸村は息を飲み、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめん」
幸村の、白い指先が、真田の頬に触れる。
「真田の寿命を縮めてるのは、俺かな?」
「…たわけ」
魔法の様に、真田が落ち着いた。
「ほら、手が止まってるよ」
幸村は小さく微笑み作業の再開を促した。
◆ ◇ ◆
「やっぱり、これだけ寒いと花も枯れちゃうね」
幸村は枯れた花の花弁を人差し指でつつきながら呟いた。
幸村の足元には乾いた茶色い花弁がたまっている。
「真田」
「む、なんだ」
幸村は枯れた花をくしゃりと潰した。
もう原型などない粉々の花弁は、幸村の指を抜け風に流される。
「花はさあ、人に似てると思うんだ」
幸村は、花弁を攫い指を抜けた風の行方を見ながら、思い詰める様に話し出す。心なしか、紡がれる声のトーンは低い。
「…いや、人が、花に似てるのかな」
幸村は小さく鼻で笑った。
足元の花弁を嘲笑う様に。
「…人が死ぬのと、花が枯れるのが似ている、と?」
真田は眉をひそめて尋ねた。
「それも」
幸村は長い睫毛を揺らし、白いような空に視線をずらした。
「人が生まれる、花の芽がでる。人が成長する、花の茎が伸びる。人が恋をする、花の蕾が膨らむ。人が人を愛する、花が咲く。…人が死ぬ、それは花の根が土から離れる事だ」
幸村は何か、滑稽な物を嗤うような顔をした。
普通でない笑みに思わず身じろぐ。
「じゃあ、花が枯れるのは人がどうなる時だ?」
その問を掻き消す様に、唸るような風が吹いた。
だが、その声は雑音の中でも異様に響き、真田の鼓膜を震わせた。
「花が枯れるのは、人が失望した時だ」
いつの間にか、穏やかな笑みに戻っていた幸村は、遠くを見据える様な目で枯れかけた花に視線を落とした。
「真田は、枯れるなよ」
「…」
「いや、俺が枯れさせない、させるもんか!」
幸村は見たことも無いような、明るい笑みを浮かべた。
幸村が倒れたのは、それから四日後の事。
◆ ◇ ◆
「真田、寒くない?」
幸村の肌は、白い部屋と同化してしまう位に白くなった。
「大丈夫だ。貴様こそ」
俯いた幸村は消えてしまいそうだ。
はらり、部屋の花瓶の花がひと欠け落ちた。
空虚に咲く花
(君がいない季節が来たなんて)
(やっぱり僕には理解できない)
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