恋と言うものを知らず
と言うかさほど興味がなく過ごしてきた
小学生の時だったか中学の時だったかに国語で習った赤い実はじけたと言う話もピンと来なかった
が、山田に出会いその意味を理解した気がする
寮にあった本に「好きな人と上手くいく10の方法」というのがあったから皆、このような本で勉強するのかと手に取ってみたがイマイチ理解出来なかった
東堂にはこれは難易度が高いと教わったから、そのままそっと返しておいた
恋心を抱いてから何をしたら良いかとか思いつかず過ごしていたが「山田さんの恋人になりたいと思うか」と問われた時に、隣に山田がいたらいいと思った
そう言えばそういう事だ、と言われた
回りくどい事は出来なかった
が、それでも好いている事を伝えたら応えてくれた
その瞬間、世界が輝いて見えたのは気のせいでは無い
周りに祝福されて、山田が赤い花のように頬を染めてオレを見る
幸せだ、なんてあまりそんな事考えたこともなかったがそういう感情が胸に降りてきてはあたたかい気持ちになった
自主練で走っていた時、おばあさんが買い物袋を落としたのか散らばる荷物を拾っていた
動きの鈍いおばあさんを放っておく事が出来ずオレは自転車を降りて手伝った
「本当に助かったわ、ありがとう」
「いいえ」
買い物袋が2つ
お年を召した女性にしたら重いと思う
それにまた落としたらいけないから家まで運ぶ事を提案した
「もう近いのに手伝わせてごめんなさいね」
「いえ、構いません」
おばあさんの家は2つ先の曲がり角の家だとか、足の悪いおじいさんと二人暮しと言うことや、家庭菜園や花を育てるのが好きだとか色々話してくれた
「本当に何から何までお世話になりました。あ、少し待っててちょうだい」
そうして待つこと少し、おばあさんが「朝、摘んだばかりなのと」新聞紙に包まれた花をくれた
「男の子なのに花なんて邪魔かしら?自転車なのに私ったら何も考えずに。やだ、おじいさんに見られたら怒られちゃう」
「綺麗な花ですね。花には詳しくないですが見るのは好きです。有難くいただきます」
「嘘でもそんな風に言ってくれて嬉しい。ありがとう。また良かったら是非寄ってちょうだいな。年寄りしかいないもんだから寂しくて」
「はい、お体には気をつけて。では失礼します」
そう言ったのにまた呼び止められた
何かと思ったら「また恋人と一緒に野菜でも花でも摘みにいらっしゃい。お友達も大歓迎だから」と言われた
恋人が居ることは話していないのに何故わかるのか…と言うのが顔に出ていたらしい
そしたら目を見たらわかると言われた
「花を見た時のあなたの目、大切な人を見てるような目だったから」
帰り道、ペダルを漕ぎながら考えた
普段はこのような考え事などしないのに右手には花束があるからいつも通り走れないからたまにはいいかもしれない
「寿一遅かったな。って何だその花束は」
「ああこれは」
新開に事情を説明していたら他の奴らも集まってきた
貰った花は自室に飾るかなんて考えていたが生憎花瓶などない
寮母さんに渡してしまおうか…と一瞬頭に過ったが、山田の顔が思い浮かぶ
山田に渡したら喜ぶだろうが
貰い物を渡すのは失礼だろうか
それでもオレが持っているよりよっぽど良いだろう
「まァ福チャンが持っててもな」
「女子は綺麗なもの好きなんだろ。山田さんにあげたら喜ぶんじゃないか。山田さんも花も」
「そうだろうか」
「喜ぶに決まってる。が、しかし包まれてるのが新聞紙と言うのは…包装し直すぞ、フク。誰か綺麗な包装紙を持ってるヤツはいないか?」
「あ、それならオレの部屋に女の子に貰った何かの包み紙が綺麗だからそれでいいか?」
「オマエ、包み紙とか取っといてあんのかよ」
「いや、まだつつみ開けてすらない」
「取り敢えず持ってきてくれ」
「オーケー」
3人の勢いに少々ついていけてない気がするが…
口を挟むタイミングを少しでも逃せばどんどん進んでいく
「あ、お疲れ様です!皆さんお揃いで雑談でも?」
「泉田、おめさんリボン持ってるか?」
「リボンですか!?生憎ボクの持ち物にリボンは…他の奴らにも聞いてみましょうか?」
「ああ、急ぎで頼む」
「わかりました!アブ!」
ついに後輩達まで巻き込んでしまった
新開と目が合ったら「大丈夫だから」と言われてしまったが…大丈夫だろうか
想像以上に大事になりかけて戸惑いを隠せない
しかし女心をわからないオレはヤツらに任せるのが得策だろう
そうこうしていたら泉田が帰ってきた
「すみません!新開さん、男所帯のこの寮に可愛らしいリボンなんて存在しませんでした。リボンじゃないですが…紐的なのなら」
「ハァ!?んだよ、コレ!雑誌纏める時のビニール紐?で、これはパーカーか何かの紐ォ?」
「すみません!何に使われるか聞かずに行ったので…何かを結ぶのに使うものかと」
「結ぶのには変わりない。悪かったな泉田、助かったよ。さて、どうしたものか…新開、リボンは少々厳しいようだな」
「そうだな。泉田、ありがとな。もう大丈夫だから」
「はい!お役に立てずすみません。失礼します!」
新開の手には紐
3人で目を合わすも苦笑いしか出てこない
確かに泉田の言う通り、男子寮にリボン的なものがある訳がないのも当然だろう
と、思ったが結局通りかかった寮母さんにリボンを貰ったから事なきことを終えた
最初から寮母さんに相談したら良かったと皆思っているのは不思議と顔を見たらわかるもので
「よし、フクこれでどうだ?」
手際よく花を包む東堂
オレが自分でしたらきっと上手くできない
リボン結びを意識して綺麗に結んだことなんてないし、曲がる気がする
「器用なものだな」
「何を今更。この位なんて事ない」
「ッゼ!」
「事実だから仕方ないだろう。僻むな、荒北 」
「僻むかよ」
「まぁまぁ。とりあえず渡してきたらどうだ?」
「今からか?」
「早い方がいいだろう。門限までまだ間に合う」
そう言われて連絡を取ってみたら、会いたいと言ってくれたから女子寮の前で待ち合わせをする事になった
喜ぶだろうか
オレは何もしていないが
花はおばあさんがくれたものだし、飾り付けは東堂がしてくれた
綺麗な紙も紐もないから、人に貰った
本当に何もしていない
それでもこの綺麗な花は山田に渡したい、そう思ったから
待ち合わせの場所まで行く時、いつもよりも早く歩いてしまったかもしれない
「福富くん!」
「山田、急に呼び出してすまない」
「ううんびっくりしたけど、凄く嬉しかったよ」
「そうか」
「うん。それでどうしたの?」
「山田にこれを」
「花束?」
「ああ。今日訳あって出会ったおばあさんに貰ったものだ。この花がとても綺麗で山田が浮かんだから…渡したいと思った」
「そうなんだ。凄く綺麗…福富くんが貰ったものなのに私が貰ってもいいの??」
「オレが持ってても花瓶や花瓶に代わるものがない。それに山田に貰ってもらう方が花も喜ぶだろう」
受け取ってくれるだろうか
そう言えば山田は満面の笑みで「喜んで!」と言ってくれた
花束を受け取りそれをまじまじと見る山田はやはり綺麗で
これが見たかった
見たかった顔を見れて満足感が心を包む
「綺麗…お花貰う事なんてないから嬉しい。ありがとう」
「貰い物を渡すのはどうかと悩んだが…渡して良かった。本当に綺麗だ」
「こんなに綺麗に咲かすなんて、大事に育てたんだろうな」
「いや、花はもちろんだが…山田が綺麗だ。その顔が見たかった」
「ふ、福富くんは時々とんでもない事言うね。もう、心臓に悪い」
そう言ってそっぽ向かれ「すまない」と謝ったら「恥ずかしいだけだよ」と山田が振り返った
赤いチューリップみたいに頬を染めて笑う山田
思わずその頬に触れる
「この赤い花のみたいな頬も、可愛らしいと思う。と、同時に好きだと思うんだ」
山田は少し固まってしまったが、そのすぐ後にドンと体に衝撃が加わる
山田が飛び付いてきたからと言うのがわかった途端に心臓がドクドクと早く動くのが自分でもわかるくらいに…
どこに手をやればわからなかったが同じように背中を回せば山田の腕の力が少し強くなったように思う
オレよりも小さく、すこしでも力を込めれば壊してしまいそうな位
「福富くんは本当にずるいよ。でも福富くんの心臓凄くドキドキしてる。同じだね」
そう笑ってこちらを見上げる山田を見て改めて好きだと思った
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「いやあリアル少女マンガの世界だな」
「オレァ福チャンが幸せならそれでいいわ」
「オレの芸術的な包装にも見とれてたな?」
「ッセ!雰囲気壊すなバァカ!」
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