万物流転 | ナノ
29.ふたりで5
まだ温かいゴブレットを手に持ち、ハリーと私はルーピン先生にお別れを言って部屋を出た。寮への帰り道で、外へと繋がる通路をオレンジ色のけむくじゃらがてとてと歩いていくのが見えた。「クルックシャンクス?」とハリーは呟いてその後ろ姿を不思議そうに見ていた。

私達は階段で別れて、ハリーはここから寮へ。そして私は、ゴブレットを返しに地下牢へと行かなければならないので階段を下った。相変わらずひんやりとするここの空気は、身体を芯から冷やしていく。慣れた手付きで扉を開ければ「ノックくらいはしろ」とお小言を言われた。

スネイプ教授は、大鍋や真鍮の秤、ナイフ、木製のすり粉木にすり鉢をテーブルの上に広げて腕組みをして待っていらっしゃった。私は傍まで行って水道でゴブレットの内側に付着した魔法薬に触れないよう細心の注意を払って、それを洗った。柔らかいスポンジに専用の洗剤をつけてクシュクシュしてから擦る。

私が水で濯いでいる間に、教授が材料をテーブルまで持って来て大鍋に入れる順番に並べていた。相変わらずこの部屋にミスマッチな紫碧色のトリカブトは、凛と机の上に立っていた。どうして早く作らないのだろう?と思いながらゴブレットを乾拭きして棚に片付けると「これを着ろ」とスネイプ教授に手渡されたのは…

「え?エプロンですか、教授」

「もしお前のローブに煎じ途中の薬の飛沫が付いたら、我輩がマクゴナガル教授へ弁解しなければなるまい」

「…はい」

「それにだ、そもそもこの薬は学生が扱えるような魔法薬ではない…そんなものを教えているとなれば、あの寮監に説明をするのに我輩は骨を砕かねばなるまい…そうだろう?」

心底面倒くさいと言うような顔で、私に半ば押し付けるような形で薄ら汚れた白いエプロンを着させた。以外にもそれは私の身体にぴったりで、腰の高さに二つ付いているポケットの左の内側に『S.S』と神経質そうな文字で書かれていたため、もしかしたらこれは教授がまだホグワーツの学生だった頃のものを私の為にわざわざ引っ張り出してきてくれたのかもしれないと思った。

「着たな? それでは、今日はお前が作ってみろ」
「エ!!そんな、教授!まだ私には早過ぎます」

我輩の指示に口を出すのか?と言う威圧的な目で、じろりと見つめられて私は教授の無茶振りに、心の中でひっそりと涙した。確かにね、うん。これまでの見学では、教授に気付かれないようにこっそりと写輪眼を使って彼の動きを脳裏にコピーしてたんだけどね!こんなにじろじろ監視されてたら、開眼出来ないじゃん!

心でそう嘆きながら、私はとりあえず大鍋を火にかけた。火の強さはこれぐらい。先ずは大鍋を温めてから、この粉末を加えて…教授は私が調合を始めたのを確認すると、いつものソファーの定位置に腰を据え、視線だけはこちらに寄越し、湯気の立つ紅茶を優雅に飲んでいるのであった。

20130817
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