万物流転 | ナノ
28.ふたりで4
三人で談笑を楽しんでいると、ルーピン教授の部屋のドアが鋭くノックされた。話を中断して柔らかい声で「どうぞ」と教授が言えば、ドアが開いて、スネイプ教授がいつもの真っ黒のローブをはためかせて入って来た。ハリーに目を向けると一瞬だけ嫌そうな顔つきになり、私がいるのに気が付くとピクリと眉を上下に動かせた。

「こんにちは、スネイプ教授」
「…あぁ」

「ああ、セブルス。どうもありがとう。
 このデスクに置いていってくれないか?」

煙を上げているゴブレットを片手に、スネイプ教授は顔をしかめて「ルーピン、すぐ飲みたまえ」と言い、ちらりと私を見た。その視線を受けて「そうですよ、ルーピン教授。作ったスネイプ先生ご本人がそうおっしゃるんですから」とルーピン教授を見つめれば「はい、はい。レイリもそう言うなら、セブルスの言う通りにします」とぷくっと頬を膨らませてゴブレットを受け取った。

「もっと必要とあらば…」
「たぶん、明日また少し飲まないと。セブルス、ありがとう!」

「…礼には及ばん。 あぁ、そうだルーピン。」
「なんだい、セブルス?」

「一滴も残さず空になったら、そこにいるミス.ウチハに渡せ。
 ミス.ウチハは、今夜のことで話がある。そいつが飲み終わるのをしかと見届けた後、我輩の部屋に来なさい」

短く返事をした私を、ルーピン教授が見ていた。スネイプ教授は私の反応に満足したらしくフンと鼻を鳴らすと、来たときと同じように真っ黒のローブを翻してこの部屋から出て行った。ハリーはスネイプ教授を何か気に入らなさそうに見ていたが、ルーピン教授は至ってにこやかにゴブレットに口を近づけて、そのニオイにうえっとなっていた。

「スネイプ先生がわたしの為にわざわざ薬を調合して下さるんだ。わたしはどうも…昔から薬を煎じるのが苦手でね。
 これは特に複雑な薬なんだよ…わたしにはぜったいに完成できないような、ね?」

ハリーが怪訝そうにゴブレットを見ている。きっと、あのスネイプ教授が闇の魔術に対する防衛術の席を狙っているのだとか、そういう噂が頭の中に浮かんでいるんだろうな。「砂糖を入れると効き目がなくなるのが残念だ」とルーピン教授はおっしゃって、一口飲んで身震いしていた。

「どうして、そんなものを?」
「この頃どうも調子がおかしくてね。この薬しか効かないんだ。
 セブルスと同じ職場で働けるのは、本当にラッキーだよ」

青い顔をしながら苦みに堪えているだろうルーピン教授は、笑みを顔に貼付けてもう一口飲んだ。ハリーの太ももに置かれている両手がキツく握りしめられ、ぷるぷると震えているのが確認出来た。教授は、最後だと言わんばかりに、ゴブレットの残りをごくごくっと飲み干して顔をしかめた。

「ひどい味だ。 レイリ、このゴブレット頼めるかな?」
「えぇ、承知しました。ルーピン教授」

ルーピン教授は、キャラメルを溶かし込んだような優しげな瞳の奥に、微かな冷たさとほの暗さを閉じ込めていた。私は、なんとも表現し難い感情を湛える瞳から逃げるように伏し目がちに空になったゴブレットを受け取ると、浮かしていた腰をもう一度ソファに落ち着けた。

「ねぇ。レイリもわたしのことは教授じゃなくて、ハリーと同じように先生って呼んでくれないかい?」
「教授呼びでは拙かったでしょうか…」

私が眉を下げながら言えば「いや、そうではないけれど…わたしはもっとフランクに生徒と関わりたいんだ」とルーピン教授…じゃなくて、ルーピン先生はおっしゃった。一拍おいてから先生は「さて、わたしは仕事を続けることにしよう」と言ったので、ハリーは紅茶を一気飲みしてカップを置いた。





私はこの時、自分が口にしてしまった情報の危うさを失念していた。スネイプ教授が持って来たゴブレットの中身を、なぜ一生徒であるレイリ・ウチハが、状況証拠だけで、スネイプ教授が直々に、ルーピン先生のために作った薬であると断言できたのであろうか。そのような疑惑が、ルーピン先生の胸の奥底で生まれていたことに、私はついに気付くことができなかったのである。

加えて、孤軍奮闘型のスネイプ教授が私という才有る生徒の存在を盾に、特殊な持病持ちのルーピン先生を牽制し、ある意味脅していたなんて思いもしない。そのような教授たちの水面下での小競り合いなど、生徒の私には予想だにしないことであったから、尚更このスネイプ教授が私に空のゴブレットを持ってこさせる意図を推し量らせる思考に至らなかったのである。

20130817
20160219 加筆修正
title by MH+
[top]