万物流転 | ナノ
23.せいなる2
スネイプ教授は重たい口を開き「今丁度この魔法薬の佳境に入った」と言った。にやりと得意げな笑みを口元に浮かべ、彼の瞳はこの部屋の中できらりとまるで少年のような純粋な輝きで満ちていた。私は教授に返事をし、膝の上にある書類をトントンと何度か整えていたが、その間ずっと花瓶に生けてある紫碧色のうずら豆のような花に視線が釘付けになった。

ボッボッボッと三回、黄緑色の炎が大鍋の中から噴き出すと教授は花瓶の花をむんずと持ち上げ、その塊根をひとつ切り取りまな板の上でそれを押し潰すようにして溢れ出した汁とともに、大鍋へと投入した。ぐるぐる右に四回、左に五回素早く混ぜると、大鍋を覗き込んだ顔に満面の笑みを浮かべた。

「ようやく、完成した。
 さて…ミス.ウチハの用件に取り掛かろう」

「すみません、その前にひとつ質問をよろしいですか?」

私が授業の時のように右手を挙げようとして、スネイプ教授は顔を顰めた。(イタッ!)私は自分の右手が骨折していることを忘れていたのだった。教授は「その問い掛けも、すでに質問になっているのでは?」と意地悪な表情で言う。けれど私はそんなこともお構い無しに、矢継ぎ早に言った。

「その紫碧色の花は、もしやトリカブトでは?」

「…ほう、ミス.ウチハはこの花を知っているのか。
 さよう。お前の言う通り、この花はトリカブトという」

「ふふ…なにをおっしゃいますか、スネイプ教授」

左手を口元に持って行きクスクスと笑う私を怪訝そうに見つめる教授に「私達が一年生の時にウルフスベーンをトリカブトだと教えて下さったのは、あなたじゃないですか」と言えば、彼は再びにやりと笑う。

「それならば、伺おう…モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言う。そして、この三つともがトリカブトを表す名称であるが、このトリカブトの主な用途と効果はなんだ?」答えてみよ、と挑発的で意地悪な顔に戻って…でも何処かで期待をしているような目で私を見つめた。

「トリカブトはキンポウゲ科の花で、塊根に猛毒を含んでいます。また、花や葉、蜜や花粉にも中毒性があり、取扱いには注意が必要です」

「…続けろ」

教授はさらに続きを促すような視線を寄越す。私は頭の中に散らばっている知識を引っ掻き出しながら「春の若葉は、セリ・ヨモギなどと非常によく似ており誤って食べてしまうケースもあり、トリカブトとそれ以外を見分けるためには、成長するのを待つしかありません。もし身体の中に何も処理の施されていないトリカブトの毒が入ると嘔吐や呼吸困難、臓器不全などから死に至ることもあります」と続けた。

「それで、効果は?我輩の質問の答えにはなっておらんぞ」

我輩はそんな答えを期待しているのではない…と言いたげな教授に、若干緊張が走りながらも「えっと…トリカブトは、ドクウツギやドクゼリと並び私の故郷では、三大有毒植物として恐れられていますが、その毒性を生かして強心剤や鎮静剤の原料にもなっています」と言う。

けれども、この答えにも満足のいかない教授は何かを私から聞き出そうとして、じっと見つめてくる。「最後に、」と私が口を開いた時、教授はやっと眉間から力を抜いた。

「私達がこれを原料として作る魔法薬には、脱狼薬があります。
 トリカブトを加えることで、狼に変身した後も理性を失わずにいるのを持続させる効果があるからです」

「よろしい。完璧な答えを述べたミス.ウチハに5点を与えよう」

「…本当ですか?」
「嘘だ。…これが、薬学の授業であったのなら、話は別だがな」

私はがっくりして、ソファーの背もたれに身体をうずめた。

20130817
title MH+
[top]