万物流転 | ナノ
46.やくそく3
「ワンドリング、大切にするね」机の上に置いた杖を撫でながら伝えれば、セドリックは嬉しそうな顔で頷いた。私は杖を振って空っぽになった紅茶を片付けると立ち上がった。彼も私に続いて立とうとしたので「あなたはそのままでいて?座ったままの方が付けやすいから」と伝える。

セドリックは私が自分の背後に移動するのを不思議そうに見ていたが、その席に大人しく腰を下ろしたまま次のアクションを待った。私は自分の首からネックレスを外すと、自分の正面に座っている彼の首にそれを取り付けた。私の指先が首筋に触れると、彼はくすぐったそうに声を漏らした。

「ネックレス?…これって、君が付けていたものじゃなかった?」
「ええ、そうね」
「そんな大切なもの、僕が付けていいのかい?きっと、誰かから贈られた品だろう?」

彼は首元にある黒い石を指先で摘んでしげしげと見つめている。後ろにいる私を首をひねって窺うと「こういう物に詳しいわけじゃないけど、これがきっと高価なものだってことは僕にも分かるよ」と言った。

「でも、あなたに持っていてほしいの」ここで彼に突き返されてしまうと、私にとって都合が悪いからだ。「似合ってるわよセドリック。それに、男性が付けていたって変じゃないわ。色も黒だし」少し無理やりだったかもしれないが、私は彼にそれを押し付けて話を切り上げた。

「第二の課題が終わったら、あなたのご両親にお手紙書かなくちゃね」
「ありがとう。そうしてくれると、きっと母さんが喜ぶよ。レイリのことすごく気に入ってるみたいだし」

セドリックは、机と椅子を元通りにすると、荷物を持って立ち上がった。「このネックレス、僕も大切にするよ」にっこり笑った彼につられて私も彼に微笑んだ。

***

空き教室を出ると、校舎の外はすっかり暗くなっていた。先に大広間に行っていると言ってくれたリーたちには申し訳ないことをしてしまった。寮へ帰る前に、マクゴナガル教授の部屋へ行かなければならないが、戻ったら彼らにきちんと説明し謝罪をしなければなぁと、どう彼らに埋め合わせしようか考える。

「今晩は明日に備えて早く寝ること。いい?」
「もちろんそのつもりさ」
「それじゃあ!私はマクゴナガル教授の部屋に寄るから…」

おやすみなさいと続けるはずの言葉は音にならずに、喉の奥に落ちていった。セドリックが私の腕を掴んだからだ。歩き出していた私と彼には、私の足で二歩ほどの距離があった。それを、彼が掴んでいた腕を引かれたことで間合いを詰めてしまった。私と彼の距離はゼロになる。

「セドリック…?」
「レイリ、聞いて」

彼の腕の中で、何かを決意したような灰色の瞳が私に注がれる。向かい合わせに抱き合っているこの状況は、誰が見たって選手と助手のそれには見えない。図書館の方から何人かの足音が聞こえてくる。こちらに近付いている。

「明日はきっと、僕の大切なものを取り返してみせるよ」
「…えぇ、そうね。あの、セド「だから君は、安心して僕を待っていてほしい」…!?」

慈しげな彼のその声色は、まるで私に冀うような甘い響きを持っていた。額に触れる柔らかで温かいものは、彼の唇だった。ふんわりとしたそれはゆっくりと押し当てられ、じわじわと私に熱を生む。

「必ず君を、僕が取り返すから」

背後の足音はいつの間にか止まっていた。ゆっくりと唇が額から離され、最後にぎゅっと私を抱きしめたセドリックは「おやすみ」と言い残して、寮の方へ帰っていった。

うん。今、自分の顔が真っ赤な自信がある。とりあえず、セドリックよ、君は一体何が言いたいのだね。私にはさっぱり分からんよ。しかも、この現場を一番厄介な人物たちに見られてしまった、と思う。

「見ーちゃった!見ーちゃった!」

私の背後、つまり図書館。そちらから聞こえて来ていた足音は、双子とロンという、ウィーズリー家の在学生組ブラザーズだったのだ。茶化してくるフレッドに「さいあく!」と顔を隠しながら叫べば、彼にもっと笑われた。

「おいおい!キスのひとつやふたつ、どうってことねぇだろ?」
「どうってことあるからね!私の文化からしたら、キスはほんとにプライベートなものなんだから」

フレッドはげらげら笑っているが、ロンくんは顔を真っ赤にさせて固まっている。私も顔が熱い。「挨拶とは違うんだから!」と自分で墓穴を掘っているような気がしなくもないが、手で顔を扇ぎ扇ぎ言葉を並べれば、静かだったジョージが距離を詰めてきた。

「ジョージ?」
「そう易々と取られるわけにはいかないねぇ」
「えっ」

左手で腕を掴まれ、右手で額をゴシゴシを擦られる。ジョージにされるがままの私を見て、フレッドは堪えられないと言わんばかりに笑い出した。「レイリもレイリだよ?僕ら大広間で待ってたのに」溜息まじりのジョージに「いくら待っても来ないからさぁ」と笑って涙目のフレッド。

「俺たちから探しにきてやったのさ」
「マクゴナガルとの約束、忘れたわけじゃないだろう?」

ジョージの言葉に頷く。もちろん、忘れてなどいなかった。これから女史の部屋に伺うつもりだったのだ。双子は、大広間で夕食を食べていた時にマクゴナガル教授に声をかけられたらしい。「ロンくんも?」と言えば「マクゴナガルのご指名さ」とフレッドが言った。

「どうして、あなたたちが?」
「知らん…」

戸惑いつつ聞くと、望んだ答えは返ってこなかったが「まぁでも、少し深刻そうな顔してたけど」とフレッドは付け加えた。「ともかく、僕たちが、二人をマクゴナガルの部屋に連れていくことになってるから」ジョージが言った。

「行くよ」と手を取られた私は、ジョージに手を引かれて歩き出した。後ろから付いてくるフレッドは口笛を吹いた。ロンは図書館に残したハリーたちが気がかりな様子で、浮かない顔をしてとぼとぼと歩き出す。私はヒリヒリする額の熱をどう冷まそうかと考えていた。

20160314
20160315
20160611修正
title by MH+
*英国のキスやハグの文化を誤解している可能性がありますので、ここに書いてあることを鵜呑みなさいませんように。
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