万物流転 | ナノ
45.やくそく2
「君も夕食はまだだろう?実は少し持って来たんだ」
「わざわざ、ありがとう」

セドリックは杖を振り、机と椅子を引き寄せた。カップル席のように対面させたテーブルの上に、彼がここへ来る前に大広間へ寄って持って来たという夕食の品々が並べられていく。甘い食べ物が多いのは、彼の好みの問題だろう。

美味しそうなロースト肉が皿に盛られている。付け合わせのプディングも二人分じゃない量だ。セドリックはお腹が空いているのだろうか。ボーバトンとダームストラングがこちらへ来てから、よく目にするようになったブラマンジェもあった。

「湖の底は泥地になっているから、あまり泥を巻き上げないように進まないと」
「それに、水草の陰に潜んでる水魔にも警戒が必要ね」

食事をとりながら、グリンデローや他の水生魔法生物への対処法や水中での浮上潜水の合図の話をした。正直なところ、私と彼の間にはもうこれらの確認は不必要に思えたが、そういう思慮深さが彼らしいと言えばらしいと感じて、私は彼の話に付き合った。

「マーピープルには敬意を…っていうのは耳に胼胝かしら?」
「そうだね。あと、焦りは禁物だったね」
「そうね。急いてはことを為損じるって言うでしょ?」

石橋を叩いて渡るタイプの彼と、丁寧に打ち合わせを進めたが、私はもう一つの目的を忘れてはいなかった。術式を施した例の物を、どのタイミングで渡すのが一番不自然ではないかということもずっと考えていた。

「あとは、そうだな…流されてしまっても」
「方向感覚を失わないようにしないとね。呪文は」
「『Point me』四方位呪文を使えば、杖が北を教えてくれる」

糖蜜パイを彼から一口もらって食べながら、どうやって目印となるネックレスを彼に渡そうか考えていると、彼に見つめられていることに気が付いた。どうしたのだろう?いつもの彼なら、うっとりしながら甘いパイに舌鼓を打っているはずなのに…。

口の中の甘ったるいパイを飲み込んでから「どうしたの?」と尋ねた。ハッとした彼は「ちょっとボーッとしてただけだよ」と、執り成す口振りだった。私はそれを気にしないようにして魔法で紅茶を出した。セドリックの分もカップに注ぐと、彼は喜んでくれた。

「あー…レイリ?」
「どうしたの?」
「君に…渡したいものがあるんだ」

課題については話尽くしてしまったので、そろそろネックレスの渡し時だろうと思っていたら、彼に先手を打たれた。やられた!と思いつつ「実は私も」と言えば、彼は少し驚いていた。机の上には、ポットとティーカップを残して、食器は全て片付けられている。

セドリックは、鞄からトランプケースより少し小さい箱を取り出した。「これなんだけど…」おずおずと手渡された箱をじっと見つめる。綺麗にラッピングされたそれは、いかにもプレゼント用といった感じだ。「開けていい?」彼は「もちろんさ」とはにかんだ。

「これは……?」
「好き嫌いがあるからね。気に入らなかったら僕が引き取るし、君が捨ててくれても構わない」

リボンを解いて包みを開くと、滑らかに誂えられた木の箱が顔を見せた。中を開くと、細やかな装飾が施された指輪のようなものが柔らかなクッションの座の中央に差し込まれていた。

「指輪じゃないわよね?」
「指輪じゃないよ。それは、杖に付ける装飾品だよ」

セドリックは自分の杖を取り出して「こういう風に付けるんだ」と見せてくれた。彼の杖は手で持つ部分から杖先にかけて黄土色のグラデーションになっており、持ち手の一番端に、まだ新しいリングが光っていた。ワンドリングというものらしい。

「魔法界では勝利や成功を祈念して、杖や箒の柄を飾る輪を贈るんだよ」
「へぇ…そうだったんだ!知らなかったわ…」

私は早速それを箱から取り出して、自分の杖に通した。するとリングは自在に輪の太さを変化させて私の杖の端にぴったりとくっ付いて軽く振っても抜け落ちていかなかった。勝手にサイズを合わせてくれるなんて、さすが魔法界!

彼は私の杖にそれが装飾し終わるのを見届けると、少し照れくさそうに「実はそれ、僕とお揃いなんだ…」と小声で言った。リングがキラリと光る。

「僕、いつも君にもらってばかりだったから、何か返したくて…」
「私が好きで渡してるだけで気にしなくていいのに…」
「でも、もらってばかりじゃ格好がつかないだろう?」

頬杖をつきながらいたずらな笑みを浮かべたセドリックはぽつりぽつりと話し出した。「両親に手紙を書いたんだ」私はテーブルに杖を置いて彼の話に耳を澄ませた。「トーナメントのことや課題の卵のこと。それから君のこと」言葉の一つひとつが彼の唇から飴色の響きとなって紡ぎ出される。

「レイリがどんなに優秀で、頼もしい助手かってことも、手紙では十分に書き尽くせないくらい僕が君に感謝してるってことも書いたよ。あ…それと、君がどんなに素敵な女の子かもね」

褒め言葉ばかりを並べる彼に、私はどうしたら良いか分らない。顔が熱くなる。「そうしたら母さんが、僕より張り切っちゃって…おかしいよね。息子の僕より、君へのプレゼント選びに力を入れるなんて」彼はくすくす笑って言った。

「最初、母さんからこれが梟便で送られて来た時、本当は家に送り返そうかと思ったんだ」
「なぜ?」
「だって重いだろう?…僕らのことを応援してくれる気持ちはありがたいけど、父さんは僕が勝たないと気が済まないみたいなんだ。リータ・スキーターの対抗試合の記事を読んでからずっとさ」

エイモス氏は息子のことを誇りに思うあまり、ハリー・ポッターへの対抗心を燃やしているらしい。「あの時だって、君が居たからそんな雰囲気にはならなかったけど…」彼の言うあの時とは、ワールドカップ決勝戦観戦のためにウィーズリー家御一行と顔合せをした時のことである。

彼の父は、去年のクィディッチ開幕戦で、ハリーのいるグリィンドールを息子がキャプテンでシーカーを務めるハッフルパフが打ち負かしたことや、その試合でハリーが事故で箒から落ちてしまったことを例に出し、自分の息子がどんなに素晴らしい乗り手であるかを語るのだそうだ。

ハリーが箒から落ちたのはディメンターのせいで、ハリーという優秀なシーカーがきちんと力を発揮できなかったがために、結果的に自分たちのチームが勝利したというのがセドリックの持論である。よって今も、メンバーが許せば試合のやり直しを彼は望んでいる。

そんなフェアプレーを尊ぶ彼だからこそ、父親が、ハリーの失敗を引き合いに自分のことを褒め讃えることが酷く恥ずかしく、愚かなことに思えて仕方がないのだという。「それだけあなたのことを大事に思っているってことよ。お父様もお母様も」私は、愛息を思うエイモス氏の気持ちが分らないでもないが。

20160314
title by MH+
*『ワンドリング』とは杖や箒の柄の部分に取り付ける環状の装飾品の総称(ということにしてください)で、魔法界には勝利や成功を祈念したり、激励の意を込めて贈り合うという風習があったらいいな。
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