万物流転 | ナノ
44.やくそく
いよいよ第二の課題を明日に控え、ホグワーツ内も選手たちがどのような活躍を見せてくれるのかと熱気に包まれていた。朝の談話室で見かけたハリーたちは、それはもう酷い顔をしていた。

まるで悪夢に囚われたようにどんよりとするハリーに、そわそわと落ち着きをなくしたロン。彼らを一番近くで支えて来たハーマイオニーも、どのように取り扱えば良いのか戸惑っている様子が見て取れた。

本日最後の授業である変身術の教室で荷物を片付けていると、後ろからフレッドが近付いてくるのが気配で分かった。教科書や羊皮紙を鞄に詰めて立ち上がると、トンと背中を叩かれて肩に彼の逞しい腕が回った。

「とうとう明日だな!」
「そうね」
「準備はできてんのか?レイリー」

私の名前を締まりのない声で呼ぶのはフレッドの癖のようなものである。魔法の黒板消しで消されていく板書を眺めながら、私は彼の言葉に頷いた。

「ええ、もちろん。まぁ…私たちは最終調整ってとこかしらね」
「へぇ!さっすがホグワーツ切っての才女様は言うことが違うねぇ!」
「フレッド…茶化しに来たのならあっちへ行ってよ」

肩を組まれていつもよりも距離が近く、若干居心地が悪い。教室にはまだ他の生徒も多く残っており、良い意味でも悪い意味でも有名なフレッドは、ただ突っ立っているだけでも周囲の視線を集めるのだ。

「何してんだよ…悪いな、レイリ。うちのフレッドが」

私がどうやって彼を引き剥がそうかと困っていたところに、彼の相方が現れた。ジョージは、呆れたような顔をしてフレッドの腕を私から外した。クィディッチのビーターとして鍛えられ、程良く筋肉の付いた腕はなかなか重たい。

「おいおい相棒!自分がレイリに声かけられないからって、俺に当たるのは良くないぜ?」ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ジョージに掴まれた腕を外したフレッドは、その手で双子の弟の肩を突く。

そんな双子の兄の手を払って「は、ハァ?」と声を荒げたジョージは「僕がいつそんな風におまえに当たったんだよ」と肩をいからせてフレッドに詰め寄った。

「レイリが怪我したりしないか心配だー!って昨日の夜騒いでたのは、どこのジョージくんだったっけ?」

ジョージの真似をしたのか(もちろん鏡のような双子なので真似をしなくとも十分似ているのだが)フレッドはムンクの叫びの絵のように顔の横にペタリと手を当てて演技をしながら「心配ダー!心配ダー!」と囃し立て、嫌らしい笑みをますます深くした。

「何騒いでるんだ」と呆れ顔のリーが、自分の鞄を肩に引っかけてこちらに寄ってきた。「フレッドがジョージをからかって遊んでるのよ」とアンジーが肩を回しながら淡々と言えば「なるほどな」とリーが頭の後ろをかいて欠伸をひとつした。

「うるっさいなぁ!レイリはッ…僕らの大切な友達なんだから心配して当然だろ!」

アリシアが「まぁ!」と頬を染めてニヤニヤとジョージと私を交互に見た。心なしか頬を染めているジョージに視線を向ければ、バチッと目が合ったもののすぐに逸らされて「レイリはゆっくりしてていいの?マクゴナガルに呼ばれてたんじゃないのかい」と拗ねたような声色で言われた。

そういえば、夕食を済ませ次第、ひとりで部屋に来るよう言われていたんだったな。「まだ時間じゃないから大丈夫よ。心配してくれてありがとうジョージ」気遣いのできる素敵な友人をもって私は幸せだ。

そんな気持ちを滲ませて微笑みながら伝えると、彼はぎゅっと口を結んだかと思えば、その大きな手で私の頭をぽんぽんと撫でた。こんな優しい手でクラブを握り、暴れ玉ブラッジャーを敵チームに打ち込んだりするのだから。

目を瞑って、その柔らかい手付きを堪能しているとフレッドがまたジョージをからかい出したので、パッと手が離された。名残惜しく思いながらも私が声に出して笑えば、アリシアとアンジーに両脇を固められて「何二人でいい雰囲気になってんのよ」と私までとばっちりを受けた。

「もう行くぞ!」
「ジョ、ジョージくん!待って!く、首がっ絞まってる…!」

ジョージがフレッドの制服の首の後ろを引っ掴んでずるずると教室の出入り口の方へ進んでいく。その後ろに、アンジーとアリシアが続いた。「じゃあな、レイリ!先に大広間行ってるぜ」とリーが私に言うので、手をひらひら振り返して応えた。

教室を出て、大広前へ行く五人とは逆の方へ歩き出した。この後は、図書館の近くの空き教室でセドリックと最終の打ち合わせをすることになっていたが、急用ができ、そう長くはいられないことも伝えなければならない。それと、私には、今自分が首からぶら下げているものを彼に渡すという目的もあった。

それにしても、今回私がマクゴナガル教授に呼ばれたのは何故だろう。しかもひとりで来いという呼出しは、何も悪いことをしてないはずなのに緊張する。そのことをもやもや考えて歩いていると、近くの通路からハーマイオニーの声が響いてきた。

そこではたと思ったのは、私が彼らの手助けをしたのがバレたのでは?ということだった。セドリックと協力して綿密に計画を立て、秘密裏に監督生の風呂場へ案内できたはずなのに…。

一体どこからバレてしまったのだろう。マートルが女史に喋ったとか?いや、彼女はマクゴナガル教授のような人は苦手だと以前言っていたから違うだろう。

セドリックの助手なのに、彼の不利になる働きをしたことを咎められるのだろうか?いくら出場資格の満たない年齢のハリーが選手に選ばれてしまったとしても、ゴブレットの決定は覆すことができない。なんのために助手にロンが付いているのか云々と説教されたり、手助けをするなと注意をされたり…それとも減点?悪ければ、助手としての出場資格の剥奪だろうか。

「レイリ、大丈夫かい?」
「え、」
「さっきから呼んでたんだけど…その様子だと聞こえていなかったみたいだね」

肩をトントンと叩いて、悶々と思考していた私をこちらに引き戻したのはセドリックだった。「何を考えていたんだい?」と柔和な表情で尋ねられて、マクゴナガル教授に呼ばれており、明日のための準備が十分にできないかもしれないと言うことを伝えた。

すると、何故か「やっぱり…」と呟いたセドリックはぎゅっと口を閉じてしまった。私が何かを言う前に、彼が動き出した。本当は、どうして彼がそう呟いたのか、その理由を聞きたかった。

けれど、彼がその隙を私に与えてくれなかったということは、彼なりに何か思う(私が知らなくて良い)ことがあるのだろう。私は黙ったまま彼に付いて歩き、空き教室に入った。

20160314
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