万物流転 | ナノ
43.みなぞこ7
寮に戻ってから、談話室にいたジニーにハリーたちがまだ戻っていないことを聞いた。女子寮に荷物を置いてから、軽くシャワーを浴びて体を清める。

髪を乾かしていると、アリシアにタオルを取られた。どうやら拭いてくれるようだ。アンジーはリラックス効果のあるアロマを焚いてくれた。友達の二人の温かな労りにほっこりしてそのまま眠ってしまいたかったが、二人にお礼を言ってガウンを羽織った。

談話室へクッキーの袋を持って下りると、そこには三人の姿はなかった。彼らは図書館の閉館時間ギリギリまで粘るつもりらしい。私は彼らが帰ってくるのを暖炉の近くのソファで待つことにした。

彼らを待ちながら、湖の泳ぎ方をシミュレーションしてみた。そこでふと気付いたことがある。セドリックとバディを組んで動くことばかりを考えていたので、何らかの問題が生じて二人が離ればなれになってしまった場合を想定するのを忘れていたのだ。

何か彼の目印になるようなものを持たせれば、彼がどこにいても見つけられる自信があるのだが、さて、どうしたものか。顎に手を置いて考える。ウェットスーツに仕込む?いやいや、それでは時間がない。尚かつそれは今彼の手元にある。彼自身に目印を付ける?いやいや、そんなご無体なことはできないからね。

顎からするすると手が下りて、自分の首元を触った。そしてアッ!と思い付いた。このネックレスに術式を施してこれを目印にすれば、たとえ離ればなれになったとしても、私が彼のいる場所に瞬時に移動できるではないか!

私はその案を採用し、ちらりと掛け時計へ視線を走らせた。図書館の閉館は午後八時だ。大丈夫、いける。私は女子寮に戻り、クローゼットの奥に厳重に保管してある巻物を取り出してトイレの個室に篭った。巻物を開き、術式専用の紙を口寄せした。筆の代用として羽根ペンを取り出した。

赤色の液体の入った小瓶と、青色の液体の入った小瓶を巻物から出現させ、それぞれ一滴ずつ羽根ペンの先に垂らせば、美しい紫色になった。次に紫色のインクで己の名と印の字をその紙に綴る。

仕上げに、右手で紙を持ち自分の息をふぅーと吹掛けると、綴られた文字達がミミズのようにくねり、美しかった紫が、瞬きほどの短い間に、漆黒に変わった。トイレの便座の上で行うようなことではないのだが、黒真珠のように輝く小さな石のついたネックレスを首から外し、術式を綴った紙の上にそっと置いた。

両手を擦り合わせながら、どうか成功しますようにと祈って、印を組み術を発動させた。淡い色と紫の混じった炎が小石を包む。みるみるうちに紙は消えてなくなり、便座の上にはネックレス以外塵ひとつ残さなかった。よし、成功だ。そのネックレスを元のように首にかけて、女子寮を出た。

談話室に下りていけば、丁度ハリーたちが肖像画の裏の穴を潜って来たところだった。いつもの三人の後ろには、分厚い本を抱えたネビルもいた。彼らはぐったりして希望を失ったオーラを放っていたが、階段付近に佇む私を見つけると縋り付くような表情を浮かべて駆けてきた。

「レイリさん!」
「お帰りなさい。遅かったわね」

私は暖炉の前のソファーに四人を座らせて、当初の目的であったクッキーを彼らに振る舞った。すると、ロンが談話室に他の生徒がいないのを確認すると、不安な気持ちを爆発させた。ハリーも心の中で思うことがあるようで、相棒に触発された彼も疲れ切った声で語った。

「ハグリッドも僕らが勝つことを信じきってるんだ!他の皆だってそうさ!」
「プレッシャーだよ…僕らまだ湖の底で一時間どうやって生き残るのか分らないのに」

ロンは両手を体の前で上下に振りながら感情をぶちまけていた。ハリーは頭を抱えながら溜息を吐く。「不可能な課題なんて出されるはずはないんだから」とハーマイオニーが励ますように言っても、ロンは「いや、出されたね」と聞く耳を持たない。

「先輩は…その、どうされるんですか?」
「魔法契約で詳しくは言えないけど、私たちはウェットスーツで一時間湖に潜るわよ」

ハーマイオニーの質問に、期待に耳を大きくしていたハリーとロンは、私が当たり前のことを答えるのでガクリと項垂れた。「変身術はリスクが多いから止めにしたけど」と付け加えれば「ほらやっぱり!一番可能性のあるのは、何かの呪文なんだわ!」と彼女は二人に向かって言った。

図書館は知識の宝庫である。それを信じているハーマイオニーは、もう一生図書館は見たくないほどうんざりした気分であろう二人に「明日朝一で、もう一度マクゴナガル先生に禁書の棚を利用する許可をいただいて…」と話し始めた。クッキーのかすを口の端に付けながら「僕も手伝うよ!」というネビルに、ハリーもロンも力なく礼を言っていた。

やつれる後輩二人に手助けしないのを心苦しく思いながらも、明日になればきっと良いようになるはずだと心の中で呟いて、彼らのストレスにならないように「おやすみ」という言葉に頑張れの気持ちを込めて、私は女子寮に引っ込んだ。

20160313
20160314
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