万物流転 | ナノ
42.みなぞこ6
二月二十四日まであと三日と近付いてくると、寮の同級生はもちろん、先輩や後輩から声援を送られることが多くなった。それも、選手のセドリックだけでなく助手の私にまでだ。

セドリックはその一つひとつに笑顔で応えていて、心底尊敬する。彼らの応援がプレッシャーにならない訳がないのに、どうして彼はそこまで徹底できるのだろうと。私は頑張れと励まされるたびに、ずしりと心が重たくなっていた。

しかし、私よりも切羽詰まった状況にあるのは、二人目のホグワーツ代表に選ばれてしまった彼らだろう。ホーンテールとの見事な対決ぶりに、彼らに対する周囲の期待の篭った目からは逃れられない。あと二日に迫った月曜日。とうとうハリーもロンも食欲がなくなりはじめた様子だった。

第二準備室の水槽を片付けて、辺りを掃除した。特に汚すこともなかったため清掃はあっさり終わった。本番まであと一日あるので体を休めようと言えば、セドリックもそれに同意した。

二人でスプラウト教授の部屋にお礼の気持ちを伝えに行き、授業の合間を縫って作っていたクッキーとマドレーヌを押し付けてきた。スプラウト教授は、喜んで受け取ってくださり私も嬉しくなった。

「セドリック、ちょっと待って」
「なんだい?」
「マドレーヌ。実は、あなたの分も用意してたの」

分かれる前に、スプラウト教授に渡したものと同じマドレーヌをセドリックにも渡した。彼はまさか自分の分があるとは思っていなかったようで、灰色の瞳が零れそうなほど目を見開いて「これ僕がもらっていいのかい!?」と喉に声を詰まらせながら言った。

「もちろんよ。あなたのために作ったんだもの。でも、こっちはダメよ?」
「僕もそこまで食い意地が張ってるわけじゃないさ。ハリーたちにあげるのかい?」
「正解よ。よく分かったわね」

セドリックは他の選手のことにも目を配っているようで、ハリーたちの課題に向けての準備が難航していることを知っているみたいだった。「手助けはできないけど、これを食べて少しでも二人が元気になってくれたらなと思ってね」手元のクッキーの入った袋を見つめながら私は言った。

「でも君、いつの間に作ってたんだい? 放課後はほとんど僕と一緒だったろう?」

「授業の合間にちょちょいってね。そんなに手が込んでる訳じゃないし、お菓子作りなんて簡単よ?」と言ってみたが、それは私が分身の術を扱えるからであり、普通の人にはできない荒業であることは黙っておく。

「大事に食べるよ。ありがとうレイリ」顔の横にマドレーヌの入った袋を持ち上げて、にこりと笑うセドリック。その裏のない微笑みに「どういたしまして」と笑顔で返す。

「僕、マドレーヌも大好きなんだ」
「そう。どうぞ夜食にでも食べてちょうだい。本当は早く寝てほしいんだけど、きっとまた寮に帰ってからも呪文の復習をするんでしょ?」

セドリックの目の下にある隈を見つめながら言えば「レイリにはなんでもお見通しなんだね」と彼は照れ笑いをした。やはり、彼は今夜も遅くまで練習に取り組むつもりだったらしい。勤勉もほどほどにしないといけないのに。体を壊してからでは遅い。

「熱心なのも良いことだけど、休めるときにしっかり体を休めないと保たないわよ?」
「うん。分かってるよ…ありがとう、レイリ」

20160313
20160314
title by MH+
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