万物流転 | ナノ
30.うたごえ6
合言葉を告げて、太った婦人の奥の穴を潜り談話室へと行くと、暖炉の側のテーブルでは顔馴染みの面々が魔法薬学のレポートと格闘していた。うんうん唸りながら頭を抱えるアリシアに、その隣りではアンジーが羽ペンを握ったまま唇を歪めていた。

私が彼らにそっと近寄って行くと、ソファーの背もたれにだらりと寄り掛かっていたリーが気付いて「レイリが帰って来たぞ!」と叫んだ。「おぉ神よ!神は我々に女神をお遣わしになった!」フレッドが羊皮紙から顔を上げ「我々は首を長くして待っておりましたぞ、レイリ様!」ジョージが羽ペンを投げ出した。

『我々にあなたさまの知識をお授け下さい!』
「な、なにごと…?」

「私らみーんな、今回のレポートに手こずってるんだよ。ねぇ?」
「だから、オレらはレイリの力を借りたいって訳だ」

アンジーもリーも、お互いに似たような顔をして私に言った。げっそりとした表情のアリシアが祈るような目で私を見詰める。

仕方ないなぁと肩をすくめて「どこがみんなを悩ませてるの?」と荷物を床に置きながらアンジーとリーの間に腰を据えると、五人が五人とも同じ所(しかも最初の段階)を指差したので思わず苦笑いを零した。

魔法薬学のレポート作りが、いつの間にかただの勉強会になった頃。大きな欠伸をしたフレッドにつられて、ジョージも吸い込まれそうな欠伸をした。それを見た女子組がくすくす笑えば、リーが「そろそろお開きにすっか?」と言った。

「ありがとー、レイリ!!本当に助かったわ!」
「これで明日スネイプ教授に睨まれなくて済むわね!」

テーブルの上の教科書と参考書を自分の鞄に詰めながら、アリシアとアンジーが疲れた顔に嬉しさを滲ませて言った。「それじゃあ、おやすみ!」スキップでもしそうな勢いでアリシアが女子寮へと向かう。そんな友人に眠そうな目を向けながら「レイリ行こう」とアンジーは言ったが、私はそれを断り「明日の予習をしたいから、先に寝てて?」と告げる。

アンジーは信じられない!と、大きく開いた目で私を見た。隣りでぐったりとしているリーも同じような視線を寄越してくる。「それじゃ、先に寝てるわ」と手をひらひらさせながら、アンジーは「予習も程々にね」と階段を上がって行った。

「おかげで助かったぜー」
「いえいえ、どういたしまして」

今にも寝落ちしそうなフレッドの肩を担ぎながら、リーはソファーから立ち上がった。ジョージは眠い目を擦りながらも、彼らの教科書をかき集めて鞄にへと流し込んで行く。

リーの物らしきインク瓶の蓋が開きっぱなしになっているのを気付かないまま、ジョージは鞄の中へと押し込もうとする。あわや大惨事を引き起こすところを、私が手を伸ばしてインク瓶を掴んだことによって阻止した。

「あ…ごめん、ありがとう」
「…気を付けてよ?」

私がクスリと笑いながら言えば、ジョージは照れたように微笑んでインク瓶の蓋を閉じてから鞄の中へと入れた。それを見ていたリーが何やらにやついているので、私が首を傾けていると、ジョージがムッとしたようにリーを睨んだ。

20131129
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