万物流転 | ナノ
29.うたごえ5
着替え終わったセドリックと部屋から出た。廊下はひんやりとしていて、火照った身体には気持ちが良い。背後では、風呂場へと続くドアが来た時と同じようにきしみながら閉まった。

セドリックが言うには、予定よりも随分と時間がかかってしまったらしいけれど、夕食はまだ残っているだろうか。隣りを歩く彼が卵の入ったリュックを背負い直しているのを横目で見ながら、さっきよりすっきりした頭の片隅でそんなことを考えていた。

首もとには、チャラッと先ほどマートルから受け取ったネックレスがぶら下がっている。このネックレスはとても不思議で、授業の時にはよくよく私の身代わりになってくれていたものだった。流石は、魔法界のネックレス!…とでも言っておこう。

しかし、どうしてマートルなのか。私も課題の合間あいまに血眼になって学校中を探した(それでも見つからなかった)というのに、どうして彼女が…マートルが見つけられたのだろう。

私が悶々と考えながら階段を下りていると、いつの間にかに眉根へ力が入ってしまい「スネイプ教授みたいになってるよ」と、セドリックに眉間をつんつんされるまで、そのことに気付かなかった。「ごめん、考え事してた」私がそう言えば、彼は少し笑って「今晩のデザートは何かなぁ?」と言い頭の後ろで手を組んだ。

***

大広間へ着くと、そこは閑散としていた。時期を逃した夕食は、もう残り物しかなかったけれど、保温魔法が掛っているのかブイヨンスープからはホカホカと湯気が立ち上っていた。

入り口で私が獅子寮のテーブルの方へと歩き出すと、それを止めたセドリックが「折角だし、一緒にどう?」と誘って、あれよあれよと言う間に穴熊のテーブルへと連れて来られた。

穴熊の席からは、また違った景色が見える。たまには、別の寮の席で食事をするのも悪くないと、隣りでもりもりとチキンにかぶりつく彼を見ながら思った。

デザートのエクレアを彼が頬張っている時、私は不意にあることを思い出して鞄を探った。目当てのものがそこにあることを確認して、私もシュークリームを手に取る。甘い甘い。ちらっと、横に視線を流すと、本日三つ目のエクレアが、彼の口の中へと吸い込まれて行くところだった。流石は甘党男子!私は、最後のひと口を押し込み、コップの水を一気飲みした。

私が『ごちそうさま』をすると、セドリックも一緒にごちそうさまをした。すごくカタコトの日本語だったので、私が笑えばつられたように彼も笑う。二人一緒に席を立ち、大広間を出た。

「マーミッシュ語、一応調べておくね」
「校長先生が教えて下さるなら手っ取り早いんだけど、そうはいかないからね」

「挨拶と自己紹介くらいなら、マスター出来るかしらね?」
「え…レイリ、こんな短期間でマスターするつもりなの?」

セドリックに曖昧に微笑みながら、廊下を進む。ハッフルパフとグリフィンドールの分かれ道まで来た時に、私は鞄からチョコブラウニーの入った紙袋を取り出して、彼に手渡した。

「くれるの?」灰色の目を見開いて、彼は言う。ちょっと気まずげに「もちろん。急いで作ったから、味は保証出来ないけど…」と返せば、ぱああっと表情が明るくなり、危険を察知した私は足に力を入れた。

「ありがとう!」いつの日かと同じように、セドリックは私に飛びついてきた。まるで彼は大型犬みたいだなぁと思いながらも、足を踏ん張り、今回は押し倒されずに済んだので良しとしよう。

「…ご、ごめん!嬉しくって、つい、」

パッと勢いよく身体を離したセドリックは、恥ずかしそうに頬をかく。「うん。わかってる」と苦笑いでそれに答えた私が、もう一つ小さめの白い紙箱を鞄から取り出して「ゼリーも作ってみたんだけど…」と差し出すと、彼の灰色の目は、ますます輝いたのであった。

20131110
title by MH+

*遅々として進まない
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