万物流転 | ナノ
28.うたごえ4
「レイリがわたしに、ぜーんぜん会いに来てくれないのは、そこのハンサムくんの所為なの?…ねぇ、あの夜のこと、ちゃんと覚えてるぅ?」

「ま、マートル…!」
「わたしたち約束したわよねぇえ?わたし、ちゃあんと覚えてるんだから!」

「君は…『嘆きのマートル』?」

「そうよ!わたしが、嘆きの、マートル!」分厚い眼鏡の奥の目を怪しく光らせて、すいすいとこちらへ近寄ってきた。

そしてちょうど私とセドリックの正面に来た時「わたし、あなたのこと知ってるわ!ハッフルパフの監督生…セドリック・ディーゴリィー!いひっひっひっ」彼の鼻先に透けた銀色の人差し指を突き付けながら、にたにたと笑みを浮かべて叫んだ。

けたけたと狂ったように笑うマートルは、今日はいくらか気分が良さそうだ。初めてマートルを目にしたらしいセドリックは、ぽかんと目の前を漂う小太り気味の少女のゴーストを見つめ(セドリック、口開いてる)(あ、ありがとうレイリ)薄らと開けていた口を閉じた。

「わたし、淋しかった!」惨めな声で彼女は言う。それから、また「…たしかに、あなたが忙しいことは知ってたし?そこのディゴリーの助手をしてるってことは、他のゴーストが親切にも教えに来てくれたし?」と早口で罵るように言うと、私のことを厚ぼったい眼鏡の奥からじっとり見つめた。

「ごめんね、マートル。あなたも知っている通り、私とても忙しくて…なかなかあなたに会いに行くことができなかった」

「…わたし、たしかに死んでるけど、感情はちゃんとあるのよ!」

制服の心臓のあたりを握り締め「ここに…」と、涙で声を詰まらせたマートルへ、私は気休め程度に手を伸ばした。そして、彼女の身体が漂う場所を空間ごと抱きしめた。

セドリックが息を呑む音が聞こえる。「…ごめんね」と彼女に告げれば、ぽろっとマートルの双眸から一雫の涙が零れ、浴室の床に落ちる前に消えた。

***

「…あ、」
「どうしたんだい?レイリ」
「良いこと思いついたわ!」

私がマートルを腕の中から開放すると、彼女は名残惜しそうな恨めしそうな目をして私とセドリックを見つめていた。そんな彼女の視線が少しは気になったが、私はすかさず自分の思い付いたアイディアを隣りのセドリックへと耳打ちする。

「いいんじゃないかい!その考え…マートルが了承してくれるかどうかは別として、だけどね」
「大丈夫よ!ハリーは、彼女のお気に入りだから!」

「今、ハリーって言った?」と若干上ずった声を上げ、私達にずいっと寄ってきたマートルはクスクス笑っている私に、早く早くと言葉を急かした。感情の起伏が激しい彼女のことだから、また泣かれる前にさっさと説明してしまわないとね。

「明日のこの時間も、あなたはここに来てくれるかしら?」
「…いいわよ。…どーせ、わたしに会いにきてくれる人なんていないし、友達だって…ぐずっ」

「泣かないで、マートル」
「…ディゴリーって、優しいのね。わたし…時々、あなたのことを覗き見してたこと、謝るわ」

マートルのカミングアウトに「えっ!?」と驚いたセドリックは、彼女に向かって伸ばしかけていた手を引っ込めた。そんな彼の様子に可笑しそうにけたけたと笑い出したマートルは「それで?具体的に、わたしは何をすればいいの?」と言った。

「明日、ここにハリー・ポッターが来るわ」
「おぉう!ハリー・ポッター!わたしのところでポリジュース薬を作ったり、わたしの死の真実を解き明かしてくれたあの…わたしと同じ眼鏡の男の子ね!」

それを聞いていたセドリックの「ハリーは色んなことをしてるんだね」と言うしみじみとした呟きが聞こえてきたが、私は興奮するマートルの勢いに押されながらも、口を動かした。

「彼にアドバイスをしてほしいの。…ほら、今私達が話していた内容のことについてを」
「なるほどねぇ。…あんたには、ハリーに手を貸すことが出来ないから、わたしが、ハリーの考えを正しい方向へ導けばいいのね!」

「…君は一体、どこから僕たちのことを見ていたんだい?」
「いひっひっひ。…そりゃあ、あんたがローブを脱いで、靴下を脱いで、制服を脱いで、卵を持って浴槽に勢いよく飛び込んだ時から見てたわよぉ?…あそこのU字溝の上で!」

マートルは、ハリーに命令するのが楽しみでたまらないといった様子で、私達の頭上をびゅんびゅん行ったり来たりを繰り返した。私は、青ざめているセドリックにアイコンタクトで「ここから出よう」と合図を送ると、彼はそっと立ち上がって自分の荷物のある方へと歩き出した。

「あ、レイリ!…これ、あんたのでしょ?」
「…! マートル…これを、どこで?…わたし、もう出てこないかと思って…諦めていたのに、どうして…なぜあなたが持っているの?」

不思議なことに、実体のないゴーストであるマートルが手に持っていたのは、第一の課題終了後に紛失していたことに気付いた、ウィーズリー夫妻(厳密に言えばアーサーさん)から手渡された、真珠のように輝く宝石が美しい実態のある首飾りだった。

「私のトイレの入り口近くに落ちているのを見つけたのよ」

銀色に透ける手からそれを差し出し、誇らしげに語るマートルは、さらに言葉を続けて「…わたし、これの持ち主があなただってこと、すぐに見抜いたわ!だって、わたしがここを覗いた時、あなたいつも大事そうに首からぶら下げて、湯に浸かる時でさえも肌身離さずって感じだったもの」と言った。

…あれ?それって、マートルさん?
私の入浴も覗いていた、という意味合いでいいですか?

私は、二つ目の知りたくもなかった彼女のカミングアウトに、じょわじょわと腰から背中を這い上がってくる寒気に、ぶるりと身を揺すったのであった。

20131027
title by MH+

*マートルさんの覗き癖(てへぺろ
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