万物流転 | ナノ
26.うたごえ2
『Pine-fresh! 松の香爽やか』

ドアがきしみながら開く。部屋の中からは、なんとも形容しがたい素晴らしいにおいが漂ってきた。いつ来ても良い場所だなぁ。こんな浴室を使わせてもらえるのなら、日々の面倒な監督生の仕事をやっていて良かったと思うものだ。

私は迷わず男子用の浴室の扉を開けた。どうやら、セドリックよりも先に着いてしまったようだ。ちらと視線を上げ、壁に掛けられている絵を見た。金の額に縁取られた絵の中では、ブロンドのマーメイドが岩の上でぐっすりと眠っていた。

「ハリー達にも教えて上げられたらいいのに…」鞄を床に置きながら私は呟いた。すると、ザブンと水から何かが這い上がって来る音がして、ビクッと浴槽の方に目を向ける。「…何をだい?」と口を動かしながら、お湯に塗れた髪を額にはり付けたセドリックが卵を持ち立ち上がるところだった。

「せ、セドリック!…来ていたなら教えて…っ!」

「ごめん。君が来る前にもう一度この歌を確認しておきたくて…レイリ? あれ?怒ってる…?」

「ちが!…別に私は怒ってない、から…」
「それなら、どうしてこっちを向いて話してくれないんだ?」

「それはあなたが!…あなたが、」

どうして気が付かないんだ。君は紳士だろう、セドリック!とこころの中で彼にツッコミを入れながら、私は彼の裸体(と言うと語弊があるが)を目にしないようにしながら「…取り敢えず、服を着なさい!」と言ってバスローブを思い切り投げ付けた。タオル生地の白くてふわふわのそれは、すんなりと彼にキャッチされて、彼にはなんのダメージも与えることが出来なかった。

私は、何も、見ていない。見てない。見てないよ。クィディッチで無駄な肉の付いていない引き締まった腹筋や、逞しい上腕二頭筋。彼の程良く筋肉の付いたふくらはぎに、水分を含んでぴったりとくっ付いたショートパンツなんて、何も見てない!塗れた髪が額にはりついて、いつもよりも色っぽさが倍増されているセドリックの姿なんて、何にも見ていないんだから!

…と言うように、私は慣れない異性の身体を目撃して、半ば先ほどの光景を必死に否定していた。熱を持つ顔を必死に押さえようと、側の水道の蛇口を捻り冷水で顔を洗った。浴室の隅にうずたかく積み上げられているタオルを一枚拝借し、それで顔の水分を拭った。

私のこの様子を見て状況を察したセドリックは、バスローブの身体にきっちりと巻き付けて、前をはだけないようにしてから「その…ごめん」と照れくさそうな顔をして謝ってきたので「今度から気を付けてくれるなら、それでいい」と私はぶっきらぼうに答えたのであった。

「それで?セドリックの推理は?」と私が言えば、もう一度バスローブを脱いで浴槽に入りそうだったので、そんな彼を引き止めて、自分自身の精神衛生のためには仕方ないと思いながら水牢の術でお湯を円形に持ち上げて、その中へ彼が持っていた卵を攫って投げ入れた。

「レイリ、これってどうやってやったの!?」
「いいから。いいから。…さぁ、私達も顔を入れるわよ」

にべもなく、私はセドリックに「大きく息を吸って!」と言って、彼が十分に空気を蓄えたのを確認してから、水で出来た膜の中へと彼の顔を押し付けた。それに続いて、彼の向かいへ移動した私は、自分の顔もグイッと水の中へ突っ込んだ。


‘Come seek us where our voices sound,
探しにおいで 声を頼りに
We cannot sing above the ground,
地上じゃ歌は 歌えない
And while you're searching, ponder this:
探しながらも 考えよう
We've taken what you'll sorely miss,
われらが捕らえし 大切なもの
An hour long you'll have to look,
探す時間は 一時間
And to recover what we took,
取り返すべし 大切なもの
But past an hour ― the prospect's black
一時間のその後は もはや望みはありえない
Too late, it's gone, it won't come back.’
遅すぎたならそのものは もはや二度とは戻らない


不思議な声のコーラスが終わると、一時的に水牢の術の効果を弱めて、二人の顔が水の膜から抜けるようにした。余韻に浸る間もなくパシャッと水しぶきを上げながら水牢から頭を引き抜くと、ふよふよと宙に浮くこれを見つめてボーッとしているセドリックが向かいに居た。

「セドリックの考えた仮説を聞かせてもらえる?」
「…うん、僕はこう考えたんだけど――」

20131027
title by MH+
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