万物流転 | ナノ
42.うらぎり9
しかし、彼らの喜びも束の間。そう長くは続かなかったのです。

寮の談話室の隅にハーマイオニーとロンの姿があった。そこにハリーはおらず、二人で一枚の紙切れを囲んでずっしりとした空気の中にぐったり座り込んでいた。

私が傍まで寄ると、気付いたハーマイオニーが私の腰にぎゅっと抱き着いてきた。するとそこへハリーが息を弾ませて着た。「トレローニー先生が、」と言いかけた口を閉じて息を呑む。ロンが青白い顔をして弱々しい声で「バックビークが負けた」と呟く。ハーマイオニーは泣きたいのを堪えるように、再びぎゅっと腕の力を強めて私のお腹に顔を押し付けた。

彼女の髪を撫でながら、私はハリーが何かを言うのを待っていた。ハリーの目がハグリットの涙でインクが滲み、震えた文字をゆっくりと追っている。彼が最後まで読み切るのと同時に「行かなきゃ」と言った。「でも、日没が」それに答えたロンは、まるで死んだような目付きでカーテンレース越しに窓の外を見た。

ハリーは監督生である私をまるで存在しないものとして扱い、ぼそっと「透明マントさえあればなぁ」と呟く。私が彼に声をかけようとする前に「それ、どこにあるの?」とハーマイオニーが私から身を離して言った。

ハリーがぽつぽつと何処にあるか、それに至るまでの説明をし、何か決心がついたような目をしたハーマイオニーは何も言わずにスクッと立ち上がり談話室を出て行った。「まさか、取りに行ったんじゃ?」ロンが目を見張ってその後ろ姿を見つめていた。

「そのまさか、よ。ロン」私はハグリットからの手紙を握りしめて立ち尽くすハリーの肩に手を置きながら彼に言う。数分後、ハーマイオニーはローブを膨らませて帰ってきた。

ロンは度肝を抜かれたように「君、最近どうかしてるんじゃないのか!」と言っていたけれど、彼女はちょっと得意げな顔をしていた。もう、彼女の目には涙の跡は見られなかった。


***


夕食の時間、三人組はまるでこれが最後の晩餐であるかのように息が詰まるほど静かに食べていた。思い詰めたハリーに、暗い顔をしたロン。ハーマイオニーはこれからどうやって城を抜け出そうか考えているような顔をしている。

監督生である私は、彼らがこれから行うことを本当は止めなければならない。けれど本音は、後輩のいじらしい姿を見ていると、心底手を貸してやりたいと思う。さらに言えば、バックビークが処刑される原因になったのは、私が無様にも右腕を怪我してしまったからだ。

本当だったら避けられるはずの蹴りを、マルフォイなどの連中は一度痛い目に合わないと分らないんだ!という考えが頭をよぎったのだ。そういう私の邪な考えこそが、今回の問題のを引き起こした原因なんだ。

私は、グリフィンドールへと帰る生徒の群れから三人が抜け出すのを見つけてこっそり彼らを追い掛けた。階段の踊り場で「ねぇ」と声をかければ、三人は見つかった!と言う顔をして振り向いた。ハリーが言い訳を口にする前に「三人ともそのマントを被って」と私は言った。ロンは安心したように肩を落とし、ハーマイオニーは驚愕に満ちた目で私を見た。

何かを言おうとハリーがまたも口を開けたが、私は彼のくちびるに人差し指をあて黙らせる。その時ちょうど私達のすぐ下の階段を、マクゴナガル女史が通られたからだ。「私が皆を玄関まで案内するから」と真剣な目をして言えば、真っ直ぐな明るい緑色の瞳で私を見つめ返した。

「ハーマイオニー、聞いて? いつでもどんな時でも自分の信念を貫くことって大切よ。それにね、余裕を持つことが大事よ。わかった?」
「…レイリ先輩?」

「ロン。目に見えていることだけが、真実とは限らないわ。時には大切なものも切り捨てる覚悟がないとダメよ?いい?」
「な、なんのこと?」

「最後にハリー、危ないことだけは絶対にしないでね。それと、あなたはどんなことが起きても冷静さを欠かさないことよ。…いい?絶対に危ないことはしないでね?」
「…先輩、あなたは――」

私はハリーの言葉を遮って「さぁ、いってらっしゃい。フィルチさんが来る前に!」と彼らの背中を押した。まだ納得のいかない顔をしたハリーはじっと私を見つめ、それから二人を振り返ってバサッとマントを被り夜の闇の中に溶けて見えなくなってしまった。

20130818
title by MH+
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