15話 伸ばした手
(遥視点)
教室の隅で震える。
鬼島さんの放送が聞こえた。
俺を探してくれている。
なんで?
なんであの人は、俺の事をあんなに心配してくれるんだろう。
今まで、俺の顔だけ見て近寄ってきた、うわべだけの奴らとは違う。心がそこにあると、実感できる。
鬼島さんに触れられても、恐怖どころか、嫌悪感一つない。むしろ、安心感で、身がとけてしまいそうになる。無条件に、何もかも預けたくなる――。
それが、どこか、恐い。
兄が死んでから、そして誓二さんが亡くなってから、俺はずっと心を偽って、自分の周りを固めて生きてきた。
それなのに、あの人に向かって手を伸ばしたくなる。
助けてほしいと、心が叫ぶ。
「…きじま、さん」
名前を呼ぶたび、呼ばれるたび、愛しくなる。
床にしゃがみ込んで、目から流れる涙をぬぐった。
――ああ、俺が不細工だったらよかったのに。そうしたら、鬼島さんに愛してもらえた。誓二さんも死ななかった。父さんも母さんも、俺の事を見捨てなかっただろう。
何もかも、この顔が。
この顔が――。
「…遥?」
びくり、と肩が揺れる。
教室に入ってきたのは、哀原くんと、確か、星谷くんだ。
「え、と。風紀委員長が探してたけど…いかないのか?」
「…」
「なんで、泣いてるんだよ」
哀原くんは、俺に近寄ってきた。そういえば、この子も俺を、容姿で区別したりしなかった。
「…ねぇ」
「なんだ?」
「なんで俺はこんな顔に生まれたんだろうね…?」
「遥?」
「おい、哀原。俺がこいつ見とくから、風紀委員長よんできて。やばいって」
「あ、ああ」
顔が真っ青な俺に気付いたのか、星谷が哀原くんに鬼島さんを呼びに行くよう言った。それに素直に従って、哀原くんは廊下を走って行った。
「…遥。場所移動する?」
「なんで…」
「鬼島さんから逃げてるんだろ?」
「…」
星谷の言うとおりだった。
俺は体を引きずるようにして、視聴覚室まで歩く。
「なぁ、遥。水飲むか?お前、顔やばいって」
「…」
「無視かよ」
星谷には悪いけど、俺は今、何もする気にならなかった。ただ、自分を嫌悪していた。
――自分のこの顔を。
「…」
俺が黙ったままでいると、腕を掴まれた。驚いて、目を見開くと同時に、体を床に押し倒される。
「え…?」
吐き気がこみ上げてくる。
俺を見下ろしている星谷の目は――ギラついていた。
あの時の、ストーカーの目と、同じ。
誓二さんを殺した、あのストーカーと。
「やっぱ綺麗な顔してんなぁ、遥って」
「あ…ぅ…」
「危機感なさすぎだろ。遥、そんなんでよく無事だったな?」
するりとネクタイをほどかれる。
「やっぱすげえ好きだわ…」
言いながら、恍惚とした笑みを浮かべる星谷に――恐怖で目の前が真っ暗になった。
なんで。
なんで。
この顔が、この顔のせいで。
俺はこんな目に――。
「うあぁあああっ!」
渾身の力で、俺は星谷を殴り飛ばした。それでも、少しふらついただけだった星谷は、俺を強い力で押しつけて、狂気の笑みを浮かべた。
「最初、生徒会長就任の時から思ってたんだよ。お前をぐちゃぐちゃにしてやりたいって。お前を自分のもんにしてえってさ…!一度お前を犯せたら、もう後なんかどうでもいいって思えちまう。本当、どんだけ綺麗なんだよ。お前を征服したいって思ってるやつが、この学校に何人いるんだろうなぁ…?俺はその中の一番になる」
「ひっ…!」
制服を脱がされて、口にネクタイを詰められた。声が出せない。
中途半端に伸ばした手が、行き場を失う。
「(鬼島さん――)」
俺の頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。
何もかも、意味がわからない。
ただただ、頭の中で鬼島さんの事を考えていた。
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