11話 ・・・
五色塚が唯人を連れてきたのは、風紀室だった。保健室に連れて行こうとしたのだが、保険医が留守中であり、更に唯人が極度に人に対しての接触を嫌うことを思い出したからだ。
何故、風紀かと言えば、まだ生徒会にはなじんでいないこと、そして鬼島や甲木がいることが理由にあげられる。
「えっ、生徒会長!?」
「五色塚先輩、どうして…」
混乱する風紀委員達だったが、遥はぐったりしたまま、五色塚に抱えられている。
「…き、じ、ま」
「委員長なら今、応接室に…」
「…こうぎ」
「副委員長ならもうすぐ――」
「唯人!?」
見回りから戻ってきた甲木は、唯人の顔色を見、五色塚を見、眉根を寄せた。
「…お前ら、仮眠室開けろ」
「は、はいっ」
風紀と生徒会にはそれぞれ仮眠室が設けられている。この時間なら誰もいないだろうが、念のため部下に声をかけた甲木は、五色塚の前まで進み出た。
「何があった」
「…き、もち、わる…そう、だった」
「…何か変わった様子はあったか?」
「わか、ない」
「そうか」
唯人を抱きかかえたままの五色塚を促し、仮眠室のベッドに寝かせる。眠っている姿は、まるで美しく作られた人形のよう。
「…まだ、ない?」
「…なんだ」
「ゆるして、ない?」
五色塚の言葉に、甲木は目を瞬かせる。
「…兄さんのことなら、俺も唯人とお前の大切な人を奪ったんだから、お互いさまだろう」
「……」
遥の兄は、甲木を庇って死んだ。それは周知されていることだ。
そして、甲木の兄は遥のせいで死んだ。――遥のファンによる、逆恨みによって。
「おい、唯人は大丈夫なのか」
「鬼島…お前、尋問は」
「まかせてきた。唯人は」
「…寝てるだけだ、あんたは気にしなくていい」
気にしなくていい、と言われた鬼島だがそういうわけにはいかない。大切な後輩だ。
「唯人はなんで具合がわるかったんだァ?」
「…わからない、だが…」
過去のフラッシュバック。
それは大いにあり得ることだ。事実、遥の兄と甲木の兄が死んだ直後は多々あった。人に触れられない、視界にさえ入れない毎日。
テレビでさえ拒絶し、胃はものを受け付けなかった。
そしてしきりに、自分の顔を傷つけようとする行動。
「…鬼島」
甲木の今の思いは一つだ。
繰り返してはならない。――あれを。あの事件を。
「俺から頼んでおいて悪いが、お前は唯人から離れろ」
「はぁ?ふざけんな、何言ってやがる」
「お前はB専門だろう。唯人とは対極だ」
「俺はそういう目で唯人のことは――」
「こいつのせいで被害がでるは阻止したいんだ、俺は」
俺は何を言っている?
甲木は今しがた言った言葉を反芻し、目を見開いた。目の前の鬼島も、同じく驚いたような顔をしてから、何故か視線を甲木の背後へと――。
「…唯人ぉ、起きた、のかぁ?」
ばっ、と甲木が振り返ると、目を覚ましたばかりの唯人は、口元を抑え、目から涙をこぼしていた。
「…ごめん、甲木ちん、ごめん…」
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