わんわんわん!



「え」

ずん、と妙な感じがした。
眼鏡が胸元を滑ってがしゃんと音をたて、床に落ちる。そのあとすぐに、傾いた体は尻もちをついた。

「最低!生徒会の皆様の邪魔ばっかりして!」
「…ぇ」

どうして。

俺は今日朝、眼鏡をかけた。勿論それからの記憶はない。今まで、学校で眼鏡をはずしたりすることはなくて。俺はずっと、もう一人に支配されてた。
なのに。

急に。
こんな修羅場で…交代とか…。

相手を見上げると、女の子みたいな人で…え、いや、女の子?ここ男子高じゃ…。
「あ…」
「もう二度と生徒会の皆様に近づくんじゃないよ!!」
「っ」
げし、と腕のあたりを蹴られた。こ、こわい…全然女の子じゃなかった…。
ぱたぱたとさっきの人と、その仲間が去っていく。目から涙が出た。こんなつもりじゃなかったのに。姉ちゃんのばか…。

眼鏡を拾って、窓から投げ捨てた。もうこんなもんいらない…。
もさもさ頭の鬘をとって同じくまどから放り投げる。もういい!お姉ちゃんのせいでなんで俺がいじめられなきゃなんないんだよ!どこが弟思いだ!!

…っていうか、ここどこ…?
「だ、だいちゃん」
携帯を取り出してだいちゃんを呼ぼうとしたけど、充電が切れてる…。そういえば昨日は充電しなかった…。
「ど、どう、しよう…」
きょろきょろあたりを見回すけど、人気がない…。なんで俺こんなとこにいるの!?
「うぅ…」
ぼろぼろ涙が出てきた。ぐずぐず歩きながら周りをみていると、角から「風紀」という腕章をつけている、背の高い人が歩いてきた。

「あ…」
「…誰だ?授業中だぞ」
「え、と」
話しかけられて焦る。
「…泣いてるのか?」
びくり、と肩が跳ねた。
「大丈夫か?」
頭を撫でられて、ますます涙が出る。ポケットに入ってたハンカチでぬぐって、顔をあげると、びっくりしたような顔をされた。

「だ、だいじょう、ぶ、です…」
「そうか…?いや、その顔でうろうろすると危ない。クラスはどこだ?送ろう」
「え…と」
ぎゅっと制服のはしを握りしめる。正直、クラスに行くのは…今は恐い。でも、鬘も眼鏡も捨てちゃったし…。っていうか、その顔ってなんだろう…。俺の素顔?えっ、殴りたいくらいやばい…とか?むかつくとか…?そういえば小学校のとき男子によくちょっかいかけられたし、女子には何故かかわいいピンとかつけられるいやがらせされた…。

「そ、の…今、すぐ、くらすは…」
「ああ、そうだな。すまない、気が回らなくて…その」
「え、い…え…そ、の」
多分先輩のその人は、俺の頭を撫でてから、「保健室に行くか?それとも寮に帰るか?」と聞いてくれた。
優しいなぁ…とぼんやりしてたら、先輩は目を細めた。
「お前、名前は?」
「な、まえ…」
そうだ、名前…言わなきゃ。失礼。そう思って名乗ろうとした時、うしろから「わんちゃん!」と声が聞こえた。

「あ…だ、だいちゃん…」
「何してるの?こんなところで…。…雑賀」
「…牧野」
先輩…雑賀先輩とだいちゃんは顔見知りみたいだ。先輩はぎゅっと眉間にしわをよせてだいちゃんを睨んでいる。
「お前、仕事はどうした」
「関係ないじゃん、ほっといてくれない?それより、わんちゃん返して」
「わんちゃん?こいつか?」
「そうだよ」

だいちゃんは苛々したように舌打ちをした。
「知り合いなのか?」
先輩に訊かれて頷く。
「そうか、…牧野。こいつを寮まで送ってやれよ」
「言われなくてもそうするよ。いこ、わんちゃん」
「あ…、え、と…ありがと、ご、ざいました……」
お礼だけは言っておかないと、と頭を下げる。多分俺顔真っ赤になってる…なんだろ、すごくはずかしい…。

先輩はそんな俺をみて優しく笑った。
「またな。わんこ」
「え?」
スタスタ歩いて行った先輩にぽかん、とする。
「わんこ…」
「わんちゃんだからわんこか…。雑賀め…」
「わん、こ」
「あれ?ショック受けた?」
「ううん…」
「そ?行こうか。…わんちゃん、鬘と眼鏡は?」
「……」

だいちゃんが咎めるように俺を見る。
「…すてちゃ、た」
「なんで?お姉さんのいいつけは?」
「だっ、て…」
じわりと目にまた涙がにじんだ。
「ああ、もう、怒ってないよ。何か考えなくちゃ…わんちゃん危ないよ…」
「んん…?」
よくわからないけど、そういえば雑賀先輩もそんなこと言ってた。

「まったく…わんちゃん」
「ん…」
だいちゃんに頭をなでられた。なんか俺…やっぱりだいちゃんに迷惑ばっかりかけてるなぁ。
「…ごめ…ん、だいちゃん…」
「何が?それより、どこから捨てたの?鬘と眼鏡。拾いに行かなきゃ」
「……うん…」

結局俺は、あの二重人格から逃げられない。お姉ちゃんとだいちゃんが恋人同士である限り。


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