09



高見達がバスジャックに巻き込まれている頃。藤原市長への家宅捜索が済み、その結果からようやく明白な証拠があがった。
「藤原から金が見つからなかったのはこれが原因が…」
 渡辺が手元の資料を見つつ、唸る。
 藤原が横領した金と給料は殆ど、治療費に使われていた――海外の病院との連絡の記録から発覚した事実だ。
「あの、先輩」
「なんだ、三原」
 資料を見ていた三原が、渡辺に戸籍表をつきだした。
「事情聴取のときは…実家にいるからってすり抜けられたみたいなんですけど、藤原の娘と息子、家に帰ってないみたいです」
「あ…?なんだそりゃ、だからどうしたよ」
「そうじゃなくて、…ずーっと。一カ月以上帰ってないって…」
「…マスコミ避けでまだ実家にいるんじゃねえの」
「それが、気になって電話したら、預かってないって…」
 家族への事情聴取もまた任意だ。無理やり行うわけにはいかない。マスコミから守るために実家に帰している、それを咎める事はできない。だからこそ、あまり不覚に考えずにいたが――それを訊き、渡辺はもしや、と思った。
「…娘が18で息子が…4か5くらいか?」
「え、はい。よくわかりましたね」
「……名前は?」
「あ、ええと…藤原愛と藤原蒼です」
――つながった。
 何故、人質にされた二人に捜索届けが出されなかったのかも、何もかも。
「…マジか…」
 溜息をついてすぐ、渡辺の携帯がメール受信を告げた。高見からだ。
 文面を見、席を立つ。急にジャケットを着る渡辺に、他の刑事達が怪訝そうな目を向ける。
「なんだ?どうした渡辺」
「銀山市バスでバスジャックが発生しました。路線は28系統」
「何!?まさか、同一犯か?」
「いえ、俺の知り合いが今乗り合わせているんですが…犯人は男です。小学生の女子を人質に。拳銃を所持しています、それと――」
 次の言葉を吐くのには、勇気がいった。
「まだ確定はできませんが…犯人は、銀山市バスジャック事件を真似ている可能性がある、と――…」
 銀山市バスジャック犯が乗っているバスで、模倣犯がバスジャック。
 全く、酷い偶然だ。
         *
「全員携帯を出せ!」
 拳銃を振りかざす犯人に、乗客が怖々携帯を取り出し始める。高見はわずかな時間で渡辺にメールを打つと、大人しく携帯を持ち、犯人に見せた。
「よし…おい、お前!」
「っ…!」
 よりにもよって、犯人が指名したのは、愛だ。
「こっちにある袋に全員の携帯を詰めろ」
――やはり、このバスジャックは、高見達のおこしたものを習って行われている可能性が高い。ワイドショーでこういったことまで詳しく報道されたことは高見も知っている。
 そして、そうだとしたら――このバスジャックは絶対に成功しない。
「待ってください。俺がやります」
 名乗り出た高見を、犯人がうさんくさそうに見た。
「お前が?…まぁいい、早くしろ」
 犯人に銃口を向けられた高見は、すぐに立ち上がる。拳銃を持っていると言う余裕から、男でも華奢な高見位はどうということはないと、犯人は判断したのだろう。
――しかし、それが命取りだ。
 犯人の荷物の中にあった袋を取り出し、全員の携帯を集める。そして、集めるふりをしながら犯人の動きをよく観察する。
――拳銃の安全装置は、外されていない。
 今なら、いける。
「…」
「おい、携帯出せ」
 ワイドショーで高見らのバスジャックの手口は知られている。それをこの男が実行しようとしている事がわかった以上、どうしても高見は止めなければならない。
 横領をどうにかするために考え出した計画だ。――『1230』が行われていない今日では、意味が無い作戦だ。この男が、例えば三千万を要求したとしても、用意されることはまずない。いや、できない。
 それに、高見の様に『1230』を引き合いに出したりすることがなければ、普通市長に電話がつながる前に警察に伝わる。
「おい、早くしろ!」
「…出しました」
「よし、運転手!一度バス停につけろ!こいつで市役所に連絡を盗れ!」
 思った通りの犯人の行動に、高見がほくそ笑む。そのまま携帯を、男に見えないようにして運転手に見せた。
――俺が拳銃を奪ったら、バスを止めてドアを開けてください。
「…!」
 運転手が読み終わるとすぐさま画面を閉じ、渡す。犯人は人質や乗客の行動に目をむけていて、気付いていない。
 バスが最寄りのバス停に近づく――。
 停車した。その瞬間、高見が素早く動いた。
「ッ!?お前ッ!」
 高見は男の手にある拳銃を、安全装置に指を掛け無効化し、そのまま引き抜くように奪い取った。乗客から歓声が上がる。
「開けろ!」
「テメェ!…っ、くそ!」
 高見が運転手に向かって吠えた。犯人は高見の持つ拳銃を奪い返そうと躍起になるが、脇に抱えている人質のせいで片手しか使えないのが仇となった。ろくに抵抗も出来ずに、高見に足払いされ、その場に尻もちをつく。
 バスの扉が開くと、乗客が外に逃げ出す。小学生を脇に抱える男の頭に、今度は高見が銃口を押し付けた。
「その子を放せ」
 銃口を向けられた男は抵抗も出来ず、人質の女の子を解放する。すぐさま高見は、男を後ろ手に拘束し、拳銃を運転手に預けた。
「考えが浅すぎる」
 事態はバスジャック開始から、ほんの10分ほどで終息した。
         *
「…すっげえ」
 バスに乗り合わせた乗客に話を聞いた三原は思わず、感嘆の言葉を漏らす。
 警察が現場に急行した時には既に、高見が犯人を拘束していて、バスジャックは失敗に終わっていた。一歩間違えば殺されていてもおかしくはない、犯人への抵抗。しかし、高見はあっさりと犯人から銃を取り上げ、ねじ伏せてしまった。
「かっこよすぎじゃねーか…。ドラマかなにかじゃあるまいし」
 思わずぼやいていると、渡辺から怒号が飛んだ。
「三原ぁ!いつまで呆けてんだ!今はバスジャックの人質二人が発見されたっつーほうが重要だぞ!」
「あー…、えっと、高見さんが夜道で放置されてる人質二人を保護してたんでしたよね?いやあ、偶然ってあるもんですね…その二人、またバスジャックにあっちゃって…トラウマになりそう」
「…確かに、まあ偶然が過ぎてるけどな」
 実際は、バスジャックの後、志方が三人をアパートまで送り届けたのだが、無論それは言うまい。
「今からバスジャック犯に関することを二人に訊くから来い」
「えーと…先輩」
「あ?」
「先輩、高見さんと面識あったんですよね?それにあの二人にあった事もあったって…」
「…ああ、高見の家に用事があってな。何度か行ったときに会った」
「二人が藤原市長の子供って事は…」
「知らなかった。名前しか名乗らなかったし、高見からは訳があって保護してるとしか――、…何がいいたい?」
 渡辺が険しい顔をして、三原を見る。疑われているのなら、まずいことこの上ない。
「あ、いえ…高見さんはどうして、家に送り届けなかったのか、とか…警察に連絡しなかったのか…とか気になって。あと、藤原市長がどうしていなくなった二人を放置したのかとか…」
 思っていたような内容でなくて、内心ホッとした。高見がバスジャックの実行犯だとバレることは、女装していた事もあり有り得ないだろうとは思っているが。どこから足がつくかわからない。油断はできない。
「……答えは、高見と餓鬼どもに訊くんだな。行くぞ」
 それは渡辺も核心が無い。しかし、大体の事情は理解しているつもりだ。
 大体察しはついている渡辺と違って、三原はピンとこないらしい。刑事としての行く先を心配しながら、渡辺は高見達の待つ部屋の扉を開いた。
「……うぉ」
 渡辺が後ろ手にドアを閉める。まだ入室していなかった三原が扉の向こうで、ちょっと、先輩!?開けてください!などと喚いているが、知った事か。
「高見……、それ、どうした」
「…どうしたと言われましても」
 べったり高見に抱きついて離れない愛と蒼を指さして言った渡辺に、高見は苦笑いだ。
「バスジャックの時から怖くなってしまったみたいで」
「…落ち着いてからの方がいいか?弱ったな…人質にされた時のことを訊きたいんだが、後日がいいか…」
 勿論、人質にとられら(とった)時のことは高見も渡辺も覚えている。しかし、警察署にいることを考えれば会話は考えなければならない。
「愛ちゃん、話せるか?俺が代わりに話すか?」
「…は、い」
 ぐず、と鼻をならす愛。車で署まで送られている最中も泣き通しだったので、目が赤くなっている。蒼も怖かったのか、静かに泣いていた。
 蒼も愛も、声を出して泣かない。
 虐待を受けていた事に無関係ではないそれに、高見はぎゅっと拳を握りしめる。
「俺が聞いた話でよければお話ししますけど…渡辺さんだけじゃだめですよね」
「ああ…ちょっと待っててくれ。…弟のほうはいいから、姉の方は抱きつくのやめさせろ」
「……それは」
 自分の服の裾を握ったまま、離れようとしない愛。高見は自分から引き離すなんてことは強行できず、そのまま困ったような顔をした。
「…仕方ねえ。三原、入っていいぞ」
「あ、はい…。…って、わぁ」
 ようやく部屋に入ってきた三原の第一声はこれだ。
「お二人付き合ってるんすか?」
「……」
「…空気読め。どう考えても、あんな事件の後で泣かない女子供の方が希有だぞ」
「そ、そうでした!すんません…」
 心底あきれたような渡辺の声色に、三原が慌てて謝る。
「課長は今回の方のバスジャック犯の方に行ってるんで、先輩と俺で事情聴取になりますけど…えーと、この子話せそうですか?」
「わかる程度は高見が話すそうだ。違うところは訂正してくれたらいいから、頼むぞ」
 愛は高見の胸に顔をうずめたまま、黙って頷いた。
 高見と渡辺にしてはこちらの方が都合がいいとも言える。愛が本当のことをうっかり言ってしまうと、四人芋づる式に逮捕につながってしまう。
「じゃあ、はじめてくれ。高見」

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