04



渡辺は公務終了後、飲みに行きたいと言う三原の誘いを断り、愛車である国産メーカーの軽自動車に乗り込んだ。向かう先は友人の働くホテルである。銀山署から少し離れた場所にあるが、車ではあっという間だ。車道脇に車を寄せていると、丁度職員用出入り口から友人の出てきた姿を確認する。
「おつかれ〜どう?捜査の調子は」
 手を軽く振りながら渡辺に駆け寄ってくるのは、渡辺と同じ高校出身の傳田歩美だ。渡辺より二歳年下の彼女は銀山市中央区にあるビジネスホテル――クラウンでアルバイトをしている。本業は作家なのだが、ある事情で一カ月ほど前から働きに出ている。
「一般人に捜査内容なんざ話すか」
「あー、渡辺さん冷たいんだー。そんなんだから結婚できないんでしょ。三原君とかいう後輩刑事君の方がよっぽどモテるんじゃないの?」
「当たりだが俺は結婚なんて興味ねえよ」
「あっそ」
 助手席に乗り込んでシートベルトを締めた傳田は肩まである茶髪をはらい、ラジオをつけた。話題は銀山市の横領に関してが断トツで多い。
「あーら、またやってる。でも皆同じことしか言ってないよね?」
「書類送検したとか、現在捜査中とかだろ」
「そうそう。流石刑事一課の刑事!」
 しばらく無言で車を走らせていた渡辺だが、目的地に到着するまであと数分というところで、傳田に尋ねた。
「それで、ホテルではどうだった」
 『1230』が開かれたホテルで働く傳田の身を案じての問いだったが、返ってきた答えはなんとも味気のない物だった。
「別にー」
「…別にってこたぁないだろ」
「あたし、警備員じゃないからあまり詳しくは訊かれてないわ。市長達が来てた事を知っていたかどうかくらいね。まあ、ホテルを利用するのは向こうの勝手だし、事情はしらないけど来てるのは知ってたって言っといたわ。その後、あたしが働きだしたの一か月前だって言ったらあっさり解放」
 刑事達が事情聴取に行く際気にしていたのは、『三年分の横領の会合をしっているかどうか』だ。一か月前から働く傳田ではその条件に当てはまらないと思ったのだろう。
 ――実際はあてはまるのだが。
「それで、高見から連絡入ったのか」
「入ったわよ、金銭的に超きつい、やばい、なんか印税で奢ってくれってさ」
「まあ、高卒就職者の高見と、多少本が売れてるお前とじゃ差があるわな」
「はあ?何言ってんの、いつ売れなくなるかわからないのに、他人に奢る余裕なんてないわよ」
「相変わらずのケチさだな」
「そういう渡辺さんが高見君に援助してやんなさいな」
「お前の後輩だろ」
「渡辺さんの後輩でもあるわよ」
 言い合っているうちについた目的地、こじんまりとしたアパートの前に車を止めると、駐車場を探す渡辺をおきざりに、傳田が助手席から車を降り、外に出る。
「おいっ!」
「あたし先行っとくから〜、駐車場ならそこ行った先に三時間まで200円のとこがあるわよ」
 わかってるなら先に言え、という渡辺の批判に笑顔で返した傳田は、そこのコンビニでお菓子でも買っていくわ、と言い歩いて行ってしまった。仕方なく渡辺は車を傳田の言う様にコインパーキングに駐車し、アパートへと戻ってきた。傳田はもう戻ってきていて、手にはコンビニのビニール袋がぶらさがっている。中身は菓子とジュースだ。
「高見君こういうの、気が回らなさそうだからー。女の扱いは慣れてそうだけどね」
 渡辺さんと違って、と最後に付け加えられますます渡辺の機嫌が降下する。苛立ちをかくさず、傳田の腕をひっつかむと、アパートの二階へとずかずか足を進める。
「ちょ、怒ったの!?言われ慣れてる癖に!」
 確かに、三原とは比べ慣れているが、21そこらの若造である高見と比べられるのはどうにも、自尊心が許さない。傳田にそういったことを言われるのが更に心外だ。
「うっせえよ、お前に言われたくない」
「はあ!?あたしはまだ結婚するチャンスなんてごろごろしてるし、モテるわよ!」
「まるで俺に結婚のチャンスが全くないみたいな言い方してんじゃねえよ。それと自分でモテるとか言うお前の気がしれん」
 高見が住む部屋の前まで来ると、先程までぎゃあぎゃあ騒いでいた傳田が渡辺のポケットに手を滑り込ませる。
「おい!」
 取り出されたのは警察手帳だ。失くすととんでもない目に会う警察だという証明書。いくら相手が傳田でも許しがたい行動だ。
「ちょーっと高見君をドキッとさせてやろうと思ってね〜」
「返せ」
 たった一言で尋常じゃない怒りを表現する渡辺に、傳田がにまっと微笑んだ。
「流石元演劇部だよね。一言の迫力が違うわあ〜コンクール準優勝だっけ?」
「今のは完全に関係ない。それにお前も元演劇部だろうが」
「あら、あたし脚本よ」
「屁理屈はいい。いいから、返――」
 言いかけた時扉が開いた。中から現れた高見は少し警戒した様子だ。顔を見られる前に、と傳田は警察手帳を高見の目の前に突き出し――わたくし、こういうものですが。ドラマでよく聞く台詞を流れるように淡々と読み上げた。高見は一瞬度肝を抜かれたらしいが、よくよく傳田と渡辺を見てどういうことか理解したらしい。高見が深いため息をついた。
「流石の俺でもどきっとするんで、やめてもらえますか」
 高見が真顔で非難するが、傳田はけらけら笑うだけだ。ああ、この女はこんなんだから貰い手がいないんだ。渡辺と高見が揃って渋い顔をしていると、傳田がばしばしと高見の肩を叩く。
「ちょっとした冗談じゃない!あ、愛ちゃん達元気?ちゃんと世話してんの?」
「世話って…愛ちゃんはもう18です。自分の事位なんでもできる歳だ」
「あら、わかってるわよ。21も18も同じようなもんだし。じゃ、お邪魔しまーす」
 投げるようにして警察手帳を返した傳田が玄関にあがっていくのを、渡辺はこれでもかというくらい腹がたちながら見ていた。今からでもこの女置いて帰ってやろうか、と本気で考える。
「渡辺さん、お久しぶりです」
 高見が渡辺に向き直り、律儀に挨拶をする。高見の方が傳田よりもはるかに大人だ。
「…ああ。それで、上手くいってるのか」
「はい…俺が勝手に計画変えたわけですから、最後まで面倒は見るつもりでいます」
「…そうかよ」
 高見の優しさ、というよりは御節介じみた性格を考えて計画をねるべきだったか、と考えていると、部屋の中から子供の泣き声が聞こえてきた。なんだなんだと、二人が部屋に入ると、傳田が蒼を抱き上げている。
「…お前」
「やだっ!あたし何もしてないわよ!?」
「じゃあなんで泣いてるんだよ」
 高見が無言で蒼を抱き上げ、傳田から救出する。余程怖かったのか、高見の服をぎゅうぎゅう掴み、わんわん泣いている。
「…傳田さん…子供に好かれない性質なんですかね…」
「えーっ、あたしは好きなのに。何でかしら。ねーっ、愛ちゃん?」
「えっ…と…どちら様でしょうか…」
「あ…」
 自分が愛のことを聞いていたため、もう知り合った気になっていたらしい傳田は、てへ、と真顔で言ってのけてから愛の頭を撫でた。
「やだー、ごめんね。アタシ、傳田歩美。高見君の元カノなの〜」
「……」
「…冗談でもやめてください」
「全くだ、高見が気の毒だろう」
 高見が本気で嫌そうに顔を顰めたのに、渡辺も同調した。愛はどちらを信じるべきか戸惑っているのか、おろおろしていたが、結局何も言わず、テーブルに出しっぱなしだった食器をつかみ、洗いにいってしまった。
「…あれは絶対高見君に惚れてるわ」
「それで、渡辺さん。どうでしたか」
 傳田の発言をまるっと無視し、高見は愛に聞こえないよう小声で渡辺に尋ねた。
「捜索届け…でてました?」
 食器を洗う音が、一瞬止まったような気がしてドキリとしたが、思いすごしだったらしく、愛はなにも言ってこなかった。
「…バスジャックの捜査も開始してるなら、勿論人質にとられた二人の事も調査しましたよね?愛の捜索願でてないが調べましたよね?」
「…まあな」
 渡辺は、膨れる傳田を小突いてから、少しばかり渋い顔をした。
「先に言っとくが空振りだ。18歳女子単体でも、兄弟でもここ二週間は捜索願は出されてない。…苗字さえわかりゃ、なんとか身元を割り出せるかもしれねえが…」
 愛は家に帰りたくないと言った。バスジャックという、身も凍るような恐ろしい体験をし、更にその犯人に人質にとられたというのに、返る位ならば犯人である――高見と。一緒にいるほうがマシだと。そう言った。
「…事情がありそうだから、強引に聞きだすのもどうかと思ったんです」
「確かにそうだが、お前お人よしすぎないか…ただの家出だったらどうする」
「いえ、そうじゃないです」
「…?なんで断定できる。小せえ弟連れてる、ってだけじゃ十分な理由には…」
「そうじゃないです」
 高見はバスの中で見た愛を思い出していた。
「…どうした、高見」
「高見君?どうしたの…?」
「…いえ、なんでもないです。とにかく、愛達のことは俺に任せてください」
「…くれぐれも、足掴まれるなよ」
 渡辺の忠告はつまり、警察に嗅ぎ付けられるな、ということだろう。
「わかってますよ、そんなヘマしません」
 高見がバスジャックの実行犯であることは露見してはならない。それを分かっているからこそ、あれだけ念入りに計画を練ったのだから。
「じゃあ、高見君。これジュースとか!蒼君達に飲ませてあげて!それじゃあね」
「はい、ありがとうございます。傳田さん。早く春が来るといいですね」
「26歳でそんなこと言われるなんて心外だわー」
 そのやりとりを最後に、その日はお開きとなった。高見は玄関を施錠すると、抱えていた蒼にジュースのボトルをちらつかせる。
「飲むか」
「…いいの?」
「ああ、いいよ」
 子供らしくない、許可をとるその姿勢にやはり、高見の顔は険しくなるのだった。
 バスジャックの時の二人の様子を思い出し、更にその表情が硬くなっていく。
「……人間って腐ってるよな」
 何億人と人がいれば、全員が善意ある人間であるはずがない。それはわかっていても、納得はできない。
「お兄ちゃん?」
 不安そうに見上げてくる蒼に、庇護欲がわき上がる。これからは、自分が守ってやれたら、そう思った。たとえ手取り16万で、生活が苦しくても。
 虐待されるよりは、はるかにマシだ。一週間前にした決意を思い返し、高見は蒼を強く抱きしめる。

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