5 魔族



 この世には魔族が存在する。それはそれは恐ろしく、ぎらりと光る瞳をもち、鋭い爪が人間など簡単に引き裂いてしまうだろう。だから国の外に出てはいけないよ――ノワール王国の国民たちは、子供のころからそう言い聞かせられてきた。
 どこの国も魔族に悩まされ、日々国を守るため多くの兵士たちが死ぬ。それなのに、ノワール王国に魔物は滅多に現れないのだ。それはここ10年ほどの話だった。魔物の巣がひっこしたのか、それとも魔物を引き寄せない何かがあるのか。国民たちはそう噂した。
 
 伝説の星の子が、ノワール王国には存在する。諸外国からそう噂されるようになっていた。それだけではない、ノワール王国には鬼神の如き強さをもった守護騎士がいる。以前、隣国が苦戦していた大きな魔物をものの数分で倒してしまったのだから、皆彼の事を「ノワールの守護神」と呼んでいた。

 勿論、そんなことを本人が知る筈もない。王に自己犠牲を強いられてきたエスタにとって、王を盲目的に愛するよう教育されたエスタにとって、国民の声など信じるに値しないものなのだ。

「エストレーヤ様、今日はこの村に泊りましょう」
「…はい。それにしても、シュヴァルツは遠いのですね」
「そうですね…シュヴァルツまでまだ三日はかかります。それでも進んだ方ですが」

 エスタと共に旅をする兵士たちは若者が多く、皆エスタに対し好奇心を持っているようだった。宿屋に到着すると、一階の酒場で飲み食いしていた村人たちの視線が一度に集まる。無理もない、兵士たちは勿論、エスタは物々しい鎧を身にまとっているのだから。

「すまんが、部屋は空いているか?一室だけでも構わない」
「あー…2部屋ばかり空いてるがね、あんたら、ノワール王国の方々かい?」
「ええ」
「そうか!それじゃあそっちの方がエスタ・エストレーヤ様かいね」
「…私の事をご存じなのですか?」

 宿屋の主人の言葉に驚いていると、村人だけでなく兵士たちまで声をあげて笑い始めた。なんだというのだ、と首を傾げていると、宿屋の主人が面白そうに言う。

「驚いた、あんた自分が有名だって知らんのかね」
「有名…?」
「あんただろう、ディラー王国に出たっつーでけぇ魔物をぶっ倒したのは」
「…そのようなこともありましたが」

 王に命じられ何度か国外へ遠征に出たが、その際ディラー王国へ魔族討伐に行ったことがある。その際、遭遇した魔物を倒した所、大層ディラーから感謝され、ノワール王国との結び付きも強くなった。王にも褒められたものだから、エスタにとってはいい思い出だ。

(今回も…早く終わらせて、王のもとへ帰れればいいのだが)

「俺たちの国の魔族も倒してくれりゃあ、安心して眠れるんだがな」
「…この村は、シュヴァルツの同盟国、リオンにあるのでしたか」
「ああ。シュヴァルツ皇帝がこの辺りにも兵を派遣してくれてるがね、それでも魔物は恐ろしいもんだ。だからこの酒場では皆、バカみたいに騒ぐのさ。怖いもんから逃げたいからな」
「そうですか」

 魔物をすべて狩るようにと、王から命令されている。ここがシュヴァルツの同盟国ならば、いずれこの地でも魔物を倒すべきなのだろう。ならば、今やっても同じ事だ。むしろ効率がいい。

「分かりました。今から倒してきますので、私に魔物の居場所をお教えください」
「…!?エスタ様何を…!」
 
 兵が止めにかかるが、エスタはわけがわからず首を傾げるのみだ。

「いずれこの国に出る魔物もせねばなりません。そうなれば、今倒しても同じでしょう」
「しかし、もうお休みになったほうが…一日中鎧姿でお疲れに」
「問題ありません」

 エスタは半ば強引に村人から魔物の居場所を聞き出すと、武器をとって巣へと向かった。そこかしこに配備されているシュヴァルツの兵達は、エスタの姿を認めるとぎょっとしたような様子を見せた。

 エスタは兵士を一瞥すると、持っていた剣で地面を円を描くようにしてなぞった。瞬間、銀色の靄が地面から噴き出し、形を成していく。魔力が具現化した其れは、馬の様な形になりエスタの前に跪いた。

(王よ、私に御力をお貸しください……)

 馬にまたがると、エスタは胸に手を当て王に祈りをささげる。戦いに赴く際の慣習だったそれを行うと、剣を握り直し馬を走らせた。魔物の巣は村の南西にある森に位置するらしい。しばらく馬を走らせると、小ぶりの魔物が現れた。エスタは馬から飛び降りると、剣を魔物につきたてる。

「王の為に死ね、害虫共」

 噴き出す血飛沫を浴びながら、王を思う。王の命令を果たすことこそがエスタの生きる意味――今、自分は生きていると実感できる時だった。

 次々と現れる魔物を、一本の剣で倒していく。大きかろうと小さかろうと関係ない――エスタにとって、魔物は等しく、王を困らせる異教徒だった。王の命令が下った以上、殺さなければならない。ならば、強かろうと弱かろうと関係がない。

「…ここが魔物の巣か?」

 進んでいくと、繭のようなものが大樹にからみつくように存在していた。剣に魔力をのせ、一刀両断すべく構える。しかし、その時中から人型の魔族が現れた。弱々しい女の魔族に、エスタは片眉をひくつかせる。

「ど、どうか命だけは御助けください…!私は、私たちはここでひっそり暮らしているだけなのです。森に危害を加える人間以外を攻撃していません…!」
「村人たちはお前たちに怯えている」
「彼らが私たちの森に、眷族に危害を加えたのです」
「それはそうだろう、貴様らは害虫だ。王に殲滅を命じられた以上、殺す」

 エスタの剣が繭を引き裂いた。人型の魔族はその腕に赤子を抱え、大樹から遠ざかるべく走り出す。飛べないのか、と冷静に観察したエスタは、簡単に魔族に追いつくとその足を切り落とした。

「ひっ…!」
「魔族は再生能力が高い。足を切り落としたくらいでは死なないだろう」
「あ…ぁ…!どうか、この子だけは」
「くどい」

 赤子だろうと女だろうと、王の手を煩わせるものは切る。それがエスタの努めだ。

「さぁ、死ね」

 涙を流す女の首を剣で撃ち落とす。腕の中にいた赤子が大きな鳴き声を上げていた。始末すべく赤子の体を持ち上げると、赤い両眼がエスタを見詰める。ふんわりと柔らかい頬を鎧の上から掴むと、何がおかしいのか赤子はきゃっきゃと嬉しそうに笑った。

(母親が死んだと言うのに、何が楽しいのか…)

 赤子をしげしげと観察し、殺すべく剣を構える。しかしそこへ、しゃらんしゃらんと鈴の鳴る音がした。振り返ると、長髪の男がこちらを見据えている。

(人間のようだが……随分と、いい着物を纏っている。リオンの貴族か軍人か?)

「赤子も躊躇いなく殺すか、鬼神というのは正しいな」
「…この赤子は魔族です。魔族は殺す、それが王の命です」

 そう言うとエスタは赤子の首をはねた。ころりと転がるその両眼は、いまだにエスタを見詰めている。

「王の為ならば誰だろうと容赦はしません。あなたが王の命を阻むものならば、勿論剣を構えましょう」
「いいや、俺はノワール国王とは懇意にしている。…エスタ・エストレーヤ、迎えに来たぞ」

 目の前の男は美しい顔を歪ませ、笑みを浮かべた。

「俺の名は――」




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