6 シュヴァルツ



「陛下!どこへ行っておいでだったのです!勝手に抜けだされると、兵達が混乱いたします!」
「ノワール王国の鬼神を迎えに行くついでに、我が同盟国を脅かす魔物を退治しようと思ったまでだ。ただ、俺が到着する頃には全て終わっておったがな」

 シュヴァルツ帝国皇帝、ロストは口煩い自らの右腕にこともなげにそう言い放ち、乗っていた馬から体を下ろす。その後ろで、エスタは戸惑いに首を傾げていた。自分を迎えに来たのが、これからお仕えする帝国の皇帝だったなど、真に信じがたいことだった。

(部下達の反応や旗の紋様を見ると、間違いないようだが…まさかあのような場面に遭遇されるとは思っていなかった。そもそも、何故皇帝が武装しておられるのか…)

 ノワール王国で王が戦場へ赴く事等内に等しい。王あってこその国である、主を失うわけにはいかないというのに。よもや魔物退治など、騎士は何をやっているのだろう。そう考え、エスタは背後に控える兵達を睨みつけた。

「それで、貴方様がノワール王国の国王騎士、エスタ・エストレーヤ様でいらっしゃいますか?」
「はい。私がエスタです。王の命にて、シュヴァルツに仕えることと相成りました」
「よくぞここまでいらっしゃいました。お迎えが遅くなり申し訳ありません。私は軍師のアラン・マーレイと申します」
「…よろしくお願いいたします」

 帝国軍師のアランは随分と若い男だった。皇帝を一目見た際も、なんと若い皇帝だと驚いたものだが、軍師であるアランもまだ10代に見える幼さだ。

「軍師殿は随分とお若いのですね、驚きました」
「ははは、よく言われます。…エストレーヤ様は、おいくつなのでしょう。随分前からお噂は耳にしておりました故、私よりは目上の方だとは分かるのですが」

 エスタが戦場に出たのは12歳の時だ。その頃から既に、鬼神との異名があったことを、本人は知らない。騎士として、王の近くにいる時間が一番長いエスタは王に都合のよい情報のみが与えられている。自尊心が低く、王に依存するよう育てられたエスタには、自分を称賛する情報など与えられていない。

「皇帝陛下自らのお出迎え、光栄で御座います」

 遅くなったが、エスタは地に足をつき、跪いて頭を下げた。鎧による金属音が辺りに響く。

「ノワール王国国王騎士、エスタ・エストレーヤ。本日よりシュヴァルツ皇帝陛下にお仕えし、魔物の殲滅に当たらせていただきます。他にご命令があればなんなりと」
「……よく来てくれた、エスタ・エストレーヤ」

 ロストはにやりと笑うと、エスタに顔を上げるよう促した。

「アラン、これからすぐに本国へ向かう。転送魔法の準備をさせろ。…それから、エスタを送ってきた部隊がいるはずだ、そいつらを探して来い」
「はっ。エスタ様は、そちらのテントでお待ちください。堅苦しいでしょう、鎧もお脱ぎになっては」
「…ありがとうございます」

 エスタは愛想良く返事をして、指定されたテントへ向かった。

(全く、シュヴァルツ帝国には変わった方が多いようだ。よもや皇帝陛下自ら私を出迎えにいらっしゃるなど)

 その上、魔物退治に単身向かい、エスタと出会った。ジル王ならば有り得ない場面だが、シュヴァルツ帝国皇帝の場合はそうでもないらしい。アランの反応を見ていれば、ロストの普段からの行動が透けて見える。

「エスタ様」
「…っ、アラン殿。申し訳ございません、少しぼうっとしておりました」
「いえ、休んで頂いて構いませんので」

 暫くして入ってきたアランは、テント内に座り込んでいるエスタにきょとんと首を傾げた。

「エスタ様、鎧をお脱ぎにならないのですか?」
「……私の姿など、人に見せられたものではないですから」
「そのような…。…あの、帝国に到着すれば正式に皇帝陛下に謁見し、忠誠を誓う儀式が御座います。その際は大臣殿もいらっしゃるので…鎧はお脱ぎ頂き、正装をお願いしたいのですが」
「…忠誠を誓う儀式?」

 何故、そのような儀式が必要なのだ。ジル王に生涯仕えると決めているエスタにそのような儀式は不要である。

「私はジル王の命で、皇帝陛下にお仕えいたします。ですので、本当の忠誠を誓う事は出来ません」
「……えっ、いえですから…。……ジル王は、何もおっしゃっていなかったのですか…?」
「…何を、ですか」
「い、いえ……その、本国に到着したら、お話しさせていただきます」

 アランは顔を顰め、エスタから顔を背ける。一体、何がどうしたというのか――尋ねようとした時、外が騒がしくなった。

「アラン様!大変です!」
「どうした!?」
「魔物が、魔物の大群が…!」
「…!」

(ああ、また戦うべき時がやってきた)




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