4 出発



 王の命令は絶対だ。エスタは戸惑いながらも王の命を受け入れ、シュヴァルツに発つ準備を始めた。エスタが国を暫く離れるということが城内に知れ渡ると、同僚の騎士から女中にいたるまで皆が国の守護を心配しだす。それ程にエスタの力は強力だった。

「王も突然命令なさるものだな」
「そんな言い方はよしなさい。王のお考えに俺たちは従うべきなのです。それが騎士である俺たちの務めでしょう」

 同僚のラークが愚痴を零し、エスタは噛みつくように反論した。しかしラークはおかしそうに笑うだけで、全く堪えた様子が無い。呆れながら見詰めていると、ラークは困ったように笑った。

「俺たちは王を信じている、忠誠を誓っているよ。ただ、今回ばかりは…ちょっと不安何だ。何せ鬼神とまで呼ばれる王国の守護者が、遠く離れた国にいっちまうんだ」
「…すぐに帰ってきますよ。魔族など、私がすべて狩り尽くせば…」
「そう簡単にいかねぇよ。…わかってて王はお前を送り出すんだ」

 ラークは顔を歪めた。それが何故なのか分からず首を傾げてしまう。

「お前、結局鎧を一度も脱がなかったな。俺たちにさえ素顔は明かせないのか」
「私の素顔など見れたものではありません。それ程に醜悪なのですよ」
「別に綺麗だそうじゃないだって話じゃねぇんだよ。…俺はお前と仲間になりたかっただけさ」
「…私たちは仲間ではないのですか?」

 ラークは薄く微笑むと、エスタの肩をがしがしと叩いた。エスタにとってラークは同僚であり共に王の為戦う仲間だ。しかし、ラークにとっては違うというのだろうか。

「俺たちはお前の足元にもおよばねぇ、仲間だなんて驕れねぇよ…」
「しかし、その志は同じ…」
「頑張れよ、エスタ。シュヴァルツでお前が…お前が少しでも”人間”に戻れる事を祈ってる……王の奴隷じゃなくてな」

 最後の言葉をエスタは聞きとる事が出来なかった。自分にとって王に命令されることは喜びだ。必要とされているからこそ、王に命じられる。自分にとって唯一信じるべき存在に、認められる瞬間だ。

「たとえ生きる場所、戦う場所が王と同じでなくとも…私は王の為戦い続けます」

 ぼそりと呟き、エスタは身支度すべく自室へ入る。エスタの私物など微々たるものだった。王から物を貰うことは殆ど無く、自分の給料で何か買う事も少ない。ほんの少しの服と本を纏め、唯一残った家族を描いた絵をしまい込む。
 旅の絵描きに描いて貰ったらしいその絵に描かれた自分はまだ3つ程だ。隣には姉と母、それに父が描かれており、いたって普通の家族に見えた。

(王は私の命を助けてくださった。皆の為にも、王に尽くさねば)

 改めてそう決意し、荷物を持って部屋を出る。シュヴァルツには今日発つことになっている。迎えの馬車に向かって歩き出すと、食堂のコックや女中から食べ物や飲み物などを差し入れられた。

「どうかご無事で!」
「エスタ様はお強いですが、我々もここから応援しております」
「…ありがとうございます。王の為にも、国の為にも必ず帰って参ります。魔物退治など、あっという間ですよ」

 言いつつも、エスタ自身不安だった。王の言い方からして、魔物をすべて狩り尽くすのは何年かかるかわからぬ大仕事だ。しかし王の命ならば、必ず果たさねばならない。

「あっ、お前!」
「…星の子様」
「シンザだ!なぁ、お前シュヴァルツ?に行って魔物退治するんだろう?」

 星の子、シンザは門の前で待っていた。美しい顔に満面の笑みを咲かせている。まさか自分の見送りに来たのだろうか――そう思っていると、王が護衛を引き連れてやってきた。ぎょっとしてエスタは急いで膝をつく。

「じ、ジル王。何故ここに…!」
「エスタが長い間国を空けるんだ。見送りに来るのは当然だろう?」
「…ありがたき、幸せ」

 胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。顔をあげよ、と言われ王を見上げると、にっこりと優しく微笑んでいた。

「エスタ、大丈夫だよ。君がいなくてもシンザが役割を果たしてくれる」
「……えっ」
「そうだ!俺は星の子だからな、この国はばっちり守られる。だからお前はいらないんだ」
「王…?」

 唖然として王を見上げる。周りの護衛兵もぎょっとしたようにジルとシンザを見詰めていた。無理もない、今までこの国はシュヴァルツにより守りとおされてきたも同然。シンザは星の子だが、エスタに対する国民の支持は厚い。

「お待ちください王よ!」
「おお、大臣どうした?」
「何故エスタ様のシュヴァルツ行きを決定なされたのです!?彼はこの国にとって大きな存在、もしも諸外国にこの情報が伝われば――」
「なに、心配無い。エスタの働きでシュヴァルツと同盟を結ぶ事が出来る。そうすれば、シュヴァルツによる加護も得られるよ」

 だから君はもう必要ないんだ――そう言われたような気がした。しかし、エスタにとってジルは絶対の存在だ。神がそう言うのであれば、そうなのだろう。ならば、彼の役に立つ最善の事をすべきなのだ。

「…このエスタ・エストレーヤ。王の命とあらば何でもいたします。この国の守護が十分なのであれば、今回の王の命を承るのは当然の事。…大臣様、王の命は絶対です。心配めされずとも、王のお考えは正しいのです」
「っ、しかしエスタ殿」
「行ってまいります」

 そう言って、エスタは馬車に乗り込んだ。鎧に覆われたその下で、エスタはひっそりと涙を流す。――必要とされなくても、王を信じていればいいのだ。それなのに、何故こんなに悲しいのだろう。




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