よくわからない不良もの



「代わりましょうか?」
ゴミ捨て場で寝ていた時のことだった。頭上から降ってきた声に俺は目を開けた。
「…おちょくってんの」
そこにいたのはうちの学校で一番の美形君だった。




変わりましょうか



女子からも男子からも不要なものだと思われていた。クラスで一番の不良君に目をつけられパシリにされた時点で俺の明日は決まっていたのかもしれない。
一週目は机の上やげた箱にいやがらせ。それから毎日学校に来るたびものがなくなり、朝家でせっせと作ったおにぎりがトイレでつまっていて。つまりを直した先生も見て見ぬふり。二週目の今日は体育館裏でリンチ、そののち、ゴミ捨て場に放り投げられる。
ふんだりけったり?まさに文字通り。
「いって…」
美形に触られた箇所がひどく傷んだ。

にっこり笑う相手は、とてもじゃないが、俺が会話することなんてないと思っていた。
中井メイタ。
女子からはきゃあきゃあ騒がれ男子とも仲がいい。とんでもない男前。そんなお前が俺に何の用なんだ中井。これ以上俺への風当たりをひどくする気か中井。どこかへ消えてくれ中井。
そんなふうに思っていると目の前の中井がにんまり笑った。

「お前、戦さんのパシリなんだって?」

戦。
火野山戦(ひのやまいくさ)。
とんでもない名前の奴は俺のクラスの不良だ。なんかやばいグループのトップ、そんでもってこれまた相当な男前。
「眼鏡」
俺が殴られても死んでもとらなかった眼鏡をとられ、前髪をかきあげられる。品定めするように見た中井は、不思議そうな顔をした。
「その顔見せたら、風当たりも弱くなんじゃない」
「…何いってんのお前」
「いいですね。色気半端じゃない」
「…だ、だから、気色悪い」

昔から俺の顔は火種にしかならない。実の母親に愛の告白されて女性恐怖症になったのは新しい記憶だ。あれから姉ちゃんと二人暮らしだ。夫婦仲がいまどうなってるかなんて考えたくない。姉ちゃんは腐っているので、俺に興味は(違う方向ならあるが)ないらしい。

「俺、戦さんが好きなんだよね」
「…そ、そうですか」
だからなんだ。
火野山は傍若無人、俺をパシリに認定後俺が苦しむのを見て楽しんでいたに違いない。まあ授業にはめったに出ないし、昼しか会わねえけど。でも絶対そうだ。くそ。俺だって喧嘩できたら…いや、無理だ。あんな奴殴れるか。無理無理。
つーかホモか!
姉ちゃんの小説みたいに抱き合う様子とか考えたくねえ!

「だから変わってくださいよ」
なんでさっきから敬語、と思っていたがこいつが俺より一つ下だということに気付いた。
「わ、けわかんない…なお前」
「そのしゃべり方もよくない。アンタ、いじめられるのあの人のせいにしてるだろ」
言われてどきりとした。
「顔上げて、ちゃんと喋ってりゃあ、きっと誰もいじめたりしないと思いますよ」
お前みたいな美形に言われても信じられねえよ。
だって賢いし。
だって身長高いし。

「…パシリ、なりてえの」
「うん」
「なれよ勝手に。自己申告で」
「えーつか、ちゃんと喋れるんじゃん」
「べ、べつに…」
なんなんだよこいつ。

「先輩が言ってくださいよ」
「そんなこと、い、いっても…」
奴に俺から話しかけるなんて無理だ。死ぬ。殺される。何考えてんのこいつ。
ていうか、火野山のパシリになりたいって、なんだよ、Mなのかこいつ。
「ほら、先輩がやめたいって言わないと。俺がなるっていってもパシリが増えるだけですよ」
「…」
そうかもしれない。
「俺が戦さん呼びますから、言ってくださいよ」
「は…?い、いま?」
「いま」

まさか、あの火野山がこいつが電話で呼び出しただけで来るのか?そう思っていれば、中井はもう携帯を手にしていた。
「もしもし、戦さん?奴が言いたいことあるらしいんでー校内のゴミ捨て場にきてください」
あいつがゴミ捨て場になんて来るはずない。


と思ってた5分前の俺。死ね!さっさと逃げてりゃよかったのに!
「…お前」
目の前にはびっくりした顔の火野山。俺は中井に返された眼鏡を装着し、フリーズ。
なんできた。
そんなふうに思っていれば、顔を火野山に掴まれた。な、殴られる…!
「これ、なんだ」
「は…?」
顔についた傷をみて言ったらしい。なんだって。

「な、殴られたあと…ですけども」
ぼそぼそしゃべると、火野山は俺の顔から手を離した。
「お前何俺の許可なく喧嘩なんかしてんだよ」
あーそーか。パシリって言われた時しか喧嘩しちゃいけないんだーへー知らなかった。
「おい、何か言え殴るぞ、中井を」
「俺!?」
元から仲がよさそうな二人に不信感。なんなんだよこいつら、何、何がしてえの。

「…」
「いでっ!?」
直も黙っていると、中井が火野山に殴られた。
「ひで!戦さんひでえ!」
「こいつが何も言わねえから」
なら俺を殴ればいいのに。そういう勇気もないし殴られたくないと思う自分がいた。
そういえば火野山は俺を殴ったこと、ないな。

「…あの」
「っ、なんだよ、早く言え」

『顔上げて、ちゃんと喋ってりゃあ、きっと誰もいじめたりしないと思いますよ』
中井の言葉が頭の中で響いた。
…確かにそうかも。
火野山のせいにして、こいつは何もしてないのに。
根暗なパシリ(ついでにオタク)。
今までいじめがなかった方がおかしかった…とは言いたくないけど。

「俺、パシリやめます」

やっと出せた言葉。心臓はばくばく言ってて気持ち悪い。はきそう。それなのに、火野山はぽかんとしてるし、中井はくつくつ笑っている。
「から…だから…あの、俺には」
構わないでください、と言いかけた肩を掴まれた。ああ、逆鱗に触れただろうか。
「お前誰かのパシリだったのか!?」
「…は?」

誰ってあんたのだよ。

「言えよそういうことは!誰だ?誰のパシリだ!」
「…」
何この人。
俺をパシリにしたこと忘れてる。

「…中井」
「な、なに」
もはやゲラゲラ笑っている中井をにらみつければどうやら、火野山は勘違いしたらしく――俺が中井のパシリだと勘違いされたらしく。中井にもう一発くれていた。
「いだあ!ちょ、違う!違うっすよ戦さん!」
「ああ!?なにが違うんだ!」
「ちょ…やめてください」
あわててとめれば、火野山はこちらを振り返った。相変わらず男前ですこと…。

「お。俺。明日からお前の分の昼飯つくらないから!一緒に飯も食いたくないし…っ!」
「…っ」
「だから、その、えっと」
言葉が出てこない。なんて言えばいいんだ。
「俺変わるから!!!」
気が付いたら叫んでいた。そしてそのあと、俺の肩をまた火野山がつかんだ。

「…う」
「お前…やだったのかよ、俺と飯くうの」
「…」
うなずいてから後悔。
火野山が泣いてた。
それはもう滝のような涙。
「え!?」
「っ、んだよ、なら、言えよ、ちくしょー…」
「ちょ、ちが…いや、お前のこと、嫌いなわけじゃ」
ないけどさ!
その二次被害がやばくて!

思わず口走れば火野山が泣きやんでその代わり、目がこわい。
「二次被害…んだよそれ」
「えっ」
まさか知らなかったのかよ!

「だよなー、驚くのも無理ないっすよ先輩。あんたのいじめ有名だったもん」
「いじめ!?お前そんなもん…俺に言えよ!」
「言えるかよ!あんたのせいでいじめられた、なんて!」
思わず声を張り上げれば、火野山が息をのんだ。こうなりゃとことん言ったらあ!

「だ、第一!今日だってリンチされて、め、めちゃくちゃ殴られたしっ、中井には変なこと言われるし…ぱ、パシリだって、あんた教室で急に俺の頭掴んで、明日から俺と飯食え、とか言うし…!わ、わけわかんないし、弁当作って来いって言われるし、教室で作ってきた弁当捨てられたり、しかも俺の分だけ…っ、いいわけないだろ!嫌なわけないだろ!でも」

あんたのことは別に嫌いじゃない!

言いきって、言いきって。
火野山の顔をそっと見る。怒っているだろうとおもったのに、そんなことなくて、でも顔は真っ赤だ。怒りのあまり…なのか?

中井は爆笑してるし。
なんだよ、なんなんだよ。

「俺のこと、恨んでないのか」
恨んでたよ。
あんたが選んだのがなんで俺なのかってずっと考えたよ。でも根暗オタクな俺がちょうどよかったんだって納得できちゃったんだよ。いじめられる理由も、それで納得したんだよ。でも認めたくなくて。逃げて、全部お前のせいにした。俺の方が、最悪。
でも。
「…恨んでない」
今考えたらずっと一人だった昼飯が二人になって、それが不良でも全然、ちょっと、うれしかった。友達がひとりもいなかったのに、俺の弁当うまいって言って食べてくれて、すげえうれしくて。

「俺が変わればいいんだ」
結論はそれだ。
それだった。
火野山は突然の俺の宣言に目を瞬かせた。
「…か、かえる」
それだけ言って逃げようとしたら捕まえられた。
なに、といったら、火野山の顔が近くて、次の瞬間キス――と思ったら眼鏡にごっ、と振動。
「いでっ!」
どうやら俺のごつい眼鏡に阻まれたらしい。よ、よかった。
「っ」
そう思っていたら火野山に眼鏡を奪われた。そのまま、何事もなかったかのようにキスされる。なに、なにごと、これ。しかも舌いれようとしてくる。やめてほしくて口を閉じたままにしてたら顔が離れた。

「…まあいいか」
何が、何が何が何が。何がいいんだ。なにもよくねえよ。
よくないのになんか熱い。体があつい。顔もあつい。そして中井、にやにやすんな。
「こい」
「え」
「クラスの奴ら殺す」
「え!」
「お前も、仕返ししてやれ」

変わる。
そう宣言したからには変わらなきゃならない。

「い、いやだ」
「…なんでだよ」
「だって」
されたことをしかえしたら、相手と同じになる。俺はあいつらみたいには、なりたくない。
ぼそぼそ呟くと中井が感心したように、「うわあ」と声をあげた。火野山には髪をくしゃくしゃ撫でられた。

「中井」
「え、はい?」
「どういうことだ」
「あ、いまさら?」

火野山は俺の頭をなでたまま中井に説明を求めた。

中井は火野山のグループの幹部、そしてグループの奴らはどうしていいか頭を抱えていたらしい。俺について。
俺が一般生徒にいじめを受けていると発覚。しかし火野山は知らない。火野山はコンビニで万引きをしたと冤罪をかけられていたとき偶然、俺が助けたことをきっかけに俺に惚れそれから俺が同じクラスだと知ったらしい。
そして友達になろうと声をかけたが周囲はそれをパシリととったらしく(俺もそう思ってた)、いじめが始まり、当然グループの奴らは火野山の惚れてるやつに手をだす=死!だと知っていたのでいじめを知った時は焦ったという。
それで今回じゃんけんで負けた中山が火野山と俺を話させるべくこんなことをしたらしい。ならゴミ捨て場でぼこられるまえに助けろ。

「そういやそんなこと、あったな…」
火野山が店内で自分の漫画読んでたら、本のコーナーからの万引きだと間違われてて。俺はずっと本のコーナーにいて火野山が近付いてこなかったことも知ってたし、店員にその棚から一冊も抜かれていないことを説明し更に火野山に駅前の本屋で買ったという漫画本のレシートを出させて事なきを得た。
「助かった」
あ、うん、どうも。
「それで…」
惚れたってなんだ。

「好きだ」
「いや、そうじゃなくて」
こういう場合俺どうしたらいいんだろう。男同士だぞ、そもそも。
「好きだ」
「あ、うん…」
うれしい、とかこれ。
どうしたらいいんだろう。
「好きだ」
「何度も言うな!恥ずかしいっ」

顔を手で覆ったら、中井が「よかったね照れてるよ。脈あり」と余計なことを言った。
くそ。
どうすりゃいいんだ。




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