不浄の海


皇毅は調弦の終わった琵琶を三の姫へと還してやる。
そして満足気に弦を確かめる彼女を暫く眺めていたが、次に四阿の縁に控える凰晄へと目を向けた。

「凰晄、私の龍笛を持ってきてくれ」

「まぁ、皇毅様!ありがとうございます」

三の姫は嬉しそうに声を上げ、早く持ってらっしゃい、と勝ち誇ったように家令を促す。

「畏まりました」

一礼をして下がる凰晄を見て、ふと三の姫も気がついた。

(わたくしとした事が、皇毅様のお心を読み違えるところでしたわ)

ふふっ、と微笑みを洩らし彼女も傍に控える自分の侍女達に声をかける。

「お前達もお下がり」

言われた侍女達が伏礼し下がってゆくと、三の姫はゆるりとした面持ちで下衣の裾を引いて皇毅へ向き直る。

「やっと、二人きりですわ」

「成程、そうですね」

二人きりになりたかったのでしょう?

そう愛らしい瞳に問い掛けられて、皇毅も無言で頷いた。
賢い娘だと思う。
三の姫は皇毅の心を察し計算通りの行動をとって来た。

しかし逆を返せばそれ程に単純明解で転がすには簡単だった。

皇毅に頷かれ愈々と瞳を溶かし三の姫は寄り添うよう更に近付く。

「皇毅様……貴方も名前で呼んで下さいな。わたくしの名前を呼んで下さい」

「三の姫」

「いいえ、二つ名でなくわたくしの名前を」

そう抗議する為に皇毅を見上げたが先程とは別人のような冷たい双眸とかち合った。

驚いて寄せていた頭を皇毅の肩口から離し不快を顕にするが、彼女の威圧など三拍と持たない。

一瞬にして何がそうさせたかのか、先程までは確かに静かで無機質な眼差しだった皇毅の眸は冷徹で全てを拒絶するような強い視線に変わっていた。

「三の姫にお話しておかねばならない事がありまして」

なんですの、と答えたつもりだったが喉許で留まり声が出なかった。

「我々貴族派と称される者には私を含め、今上の政策に疎い輩がおります。昨今とんでもない律命があった事をすっかり忘れていました」

「……なんですの」

やっと答えた三の姫に冷えた双眸を合わせ、皇毅は一拍置いて自ら修羅場へと身を投じた。

「王族も一夫一婦制にすると。愚策極まりないのですが、王自ら断行されてまして主に官職を持つ者は中々無視出来ません」

三の姫は人差し指の爪を床にカリカリと這わせ始める。
何を訳の分からない事を言っているのこの男は、そう視線に含ませるが皇毅は無視して続けた。




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