大輪の華


「あの……お二人に失礼ではないでしょうか」

侍女達の手招きに力なく答え立ち竦んでいたが、皇毅の想い人はどんな人なのだろうと正直覗いてみたくもあった。

正確には想い人ではなく見合い相手なのだが、玉蓮にとっては同じ事だった。

「なんてお美しい姫様なんでしょう!」

覗き見る侍女の一人が感嘆の声をあげると、端ないとは思いつつも我慢出来ず玉蓮もそっと覗いてみる。

そして瞳に映りこんだ皇毅に寄り添う三の姫の嫋やかな姿に思わず息を飲んだ。

(なんて素敵な方……皇毅様の半身でいらっしゃるようだわ)

昨夜皇毅に口づけされた事や、抱き締められ囁かれた事全てが貴女だけが見ていた幻のようなもの。

そう誰かに言われているようだった。

皇毅から寄せられる好意ともとれる態度に怯えつつも、どこかで彼の特別な存在なのではないかと浮わついた考えを持っていた自分がただ惨めで恥ずかしくなった。

(私……私の心はあの人に知られてはないだろうか)

三の姫を娶れば最早自分になど目をかける気も起こらないのは分かっていたが、だからこそ知られたくない。

無論これから遣える事となる三の姫にも絶対に知られたくない。


−−−これが悋気というものなのだろうか




「皇毅様が楽を嗜まれると聞きまして、わたくし琵琶を参じましてよ」

「琵琶ですか」

皇毅の素っ気ない返事にも艶やかな薔薇が花開いたように麗しい微笑みで返し、三の姫は続ける。

「我が家に伝わる秘曲を是非、皇毅様に」

その淑やかな申し出に皇毅は静かに目を伏せる。

実家から連れてきた侍女に琵琶を上げさせ、優雅に愛用の楽を構えると三の姫は皇毅の為に美しい音色を奏で始めた。

鍛錬された透き通る音が邸内にも響き渡る。
哀しげな幽玄の調べは正に彼女の秘曲だった。

皇毅は暫く聴いていたが、ふと眸を上げる。

「惜しいですね、第四弦が弛んでいる」

それを聞いた三の姫はパッと美しい瞳を更に輝かせた。

「まぁ、皇毅様!そうなんですの。遊び心に第四弦を甘くしておりましてよ、見破られてしまいましたわ」

端ない悪戯をして申し訳ありませんと頬を綻ばせ、音に優れた貴方が調律してくださいませ、と嬉しそうに皇毅へ琵琶を渡す。
三の姫から琵琶を受け取り黙々と皇毅が調弦を始めるとその様子を楽しそうに眺めつつ、その顔をチラリと見上げてくる。

「ねぇ皇毅様、わたくしの曲に貴方の笛を合わせて頂けないかしら?」

「………」

「笛がお上手と聞いてましてよ?お願いします」

甘えた顔をして強請る三の姫は皇毅が申し出を断る筈がないという自信に満ち溢れていた。

皇毅としても、もう少しだけ付き合ってやっても良かった。

しかし、たった今彼女は弾いてはいけない琴線に触れてしまった。


決して触れてはいけなかった琴線




−−−残念だったな。私と合奏出来るのは、ヘタクソな琵琶を奏でる我が白薔薇の君、ただ一人だ



もう終幕だと一笑し皇毅は琵琶の調弦を終えた。




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