郭の褥
暗灯の光は不十分で皇毅の表情を明瞭には見る事は出来ないが、おそらく無表情で玉蓮を見下ろしていることだろう。
皇毅は玉蓮を確認してもそのまま何も言わない。
玉蓮もまた「お掛け下さいませ」とも言えずぼんやりと皇毅を眺めていた。
暫くすると桃遊楼の主人が自ら膳と酒を運んで来た。
主人は皇毅が座っていない事に驚き慌てる。
「旦那様、お掛けになって下さい。この妓はまだ駆け出しでして、気が利かず申し訳ありません」
主人は玉蓮を睨みつけながら座を勧め、皇毅のご機嫌を取ろうと続ける。
「しかし旦那様、この妓はまだ生娘でございまして」
主人はもう一歩皇毅に近寄って態とらしく小声で囁く。
「初客様の旦那様がたっぷり可愛がって水揚げしてやって下さいませ」
下品な笑みを洩らす主人の言葉に皇毅が口を開いた。
「この女に格付けの検分をしたのか」
その声は明らかに苛立っていた。
主人は皇毅の興を買おうとした言葉が何故裏目に出るか理解出来なかったが、この妓は身元が確かなので秘部の検分はしておりませんと適当に合わせた。
実際のところ主人は妓女の身元など把握してなどいなかったし午に売られて来て初日に客のついた玉蓮に関しては殆んど何も準備しておらず、また何も知らなかった。
「この女についてだが主人に話がある」
皇毅は膳が前に調っても座ろうとはしない。
主人は皇毅の様子を窺うが、妓女に聞かせる内容かどうかの判断がつかず「それでは奥の茶室へお願いします」と皇毅を座敷から引かせる事にした。
「此処で待っていろ」
皇毅は短く告げて主人と共に室から退出してしまった。
玉蓮は状況が飲み込めなくて戸惑いながらも一体どういう事態なのかと自分の頭をふる回転させたが、ふと嫌な可能性に辿り着いてしまい皇毅が戻って来たら答えを教えてくれるだろうと考えるのを止めた。
ふと、自分がくしゃくしゃに握り絞めている卑猥な衣装が目に入った。玉蓮は慌てて衣を持って立ち上がり辺りを窺う。
(これ、隠さなきゃ……)
桃色の透かし衣を丁寧に折り畳んで小さく小さく丸め寝台の下に押し込めてみる。
寝台は二人悠々と寝られる広さで寝心地は良さそうだが、やはり天蓋から重い香りがする。
肌が透ける衣すら絶対に袖を通したくないのに、この寝台の上で訪れた客に身体を預けなければならないのだろうか。
それを考えただけでも涙が零れそうになる。
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