桃遊楼


「え、はい……」

玉蓮はただ頷く事しか出来なかった。

「お前には今日から働いて貰うからね」

「えっ……働くって私、何をすればよろしいですか」

本気で聞いている玉蓮に主人は苛立ち手を振り上げたが、玉蓮の姿をしっかりと見て直ぐに殴ろうとした手を止める。

玉蓮はこの下級の小見世にはいよう筈もない美しい娘だった。数多の名妓にも引けをとらない遊女に仕立て上げられるやもしれないと主人は手を下ろして至く優しい口調で伝える。

「お前は室持ちにしてやるから二階に上がれ」

はい、と返事をして玉蓮は言われるままに二階に上がる。二階には廊下に沿っていつくもの座敷が配置されその一つに通された。
室の中は玉蓮の想像よりもずっと豪華な美しい内装で、紅を基調とした室には暗灯や花が飾られている。
手前には軽い食事が出来そうな座敷があり、その奥には天蓋付きの寝台が見えた。
寝台を見て思い出した様に玉蓮は急に目を伏せる。

「いい室だろう、今日からここがお前の室だ。但し稼ぎが悪ければ下の長室に格下げだからね」

「……はい」

主人の言葉が頭を回るように聞こえてはくるが、早く一人にして貰いたくておざなりの返事を繰り返す。

これに着替えておけと玉蓮に衣を渡して主人は室から出て行った。
渡された薄桃色の室内衣は香が焚きしめられているのか独特な重い香りがする。
しかし生地が薄い上に透けており、着ようものなら肌が丸見えになる作りだ。

(こんなもの着られない)

渡された衣を握りしめてついに我慢出来なくり玉蓮は泣き出した。
どうしてこんな事になってしまったのか全く分からなかった。きっとこれは夢、悪い夢に違いないといい聞かせ座敷に臥す。

泣いたままどれくらい刻が過ぎたのか、やがて室の中は暗くなり変わって外の賑わう音や声が聞こえてきた。
遊郭の夜見世が始まり客と妓女達の楽しそうな笑い声が混ざって廊下を伝いここまでも聞こえてきた。

すると玉蓮のいる室の扉が静かに引かれ再び主人が入って来た。

「お前、着替えておけと言っただろう!お前の初見世様だ、ご挨拶しなさい」

主人は室の暗灯に灯りを入れ火桶を用意し客に向かって一礼する。

「旦那様、直ぐに酒と御膳をお持ち致しますね。ごゆっくり」

主人が出ていくと玉蓮は諦めた様に起き上がり前に座る男に目を向けた。

「え、……」

泣き濡れた目に入って来たのは他でもない、玉蓮を妓楼に放り込んだ張本人だった。

「大夫、さま……」

玉蓮は心底驚きそれだけしか言えなかった。




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