天女ではなく


皇毅の額の包帯を当て直し、脈をとる玉蓮の仕草を眺めつつ空いている暇な手を伸ばして柔らかい髪に指を這わせた。

すると少し顔を紅くして脈が掴めませんと小さく抗議される。

「集中力が足りんな」

クックッと笑いながら更に頬を指で撫で上げる。

しかし、幸せなこの一時であっても心の底に塗りつけられたような不安が妙に拭いきれない。
先程の晏樹の言葉が気にかかった。

『警告はしたから』
それは、こうも考えられた。

−−−まだ終わりにするつもりはない


「玉蓮、屍人の顔は覗き見たか」

皇毅の問いに玉蓮は必死に首を横に振る。

「今度こそちゃんと隠れておりました」

「そうか、声くらいは聞こえたかもしれないが、あの歩く屍は凌晏樹という官吏で私の知り合いだ。しかしお前は決して近づくな」

「は、はい」

眉を下げてこくこく頷く玉蓮だがいまいち皇毅が遠ざける理由が分からない。
知り合いならば、蔑ろには出来ないし顔を遇わせたら挨拶くらいしないと皇毅の品位が問われやしないかと心配になる。

「この先、私が留守の時にフラフラと邸に入って来るやもしれない。私が許可を出すまで姿を晒すな。ましてヤツから桃を貰ったりは絶対にするな」

「桃、ですか?」

意外な話しに瞳をパチパチさせるが、皇毅は淡々と話を続ける。
ここからが重要なのだ。

「桃だ、お茶目だろう?しかし決してそんな可愛い話ではない。アイツにとって桃は『美味しいけれどグシャリと潰してみたい』、そんな天変地異の前触れを形にしたようなものだ。そんなもの貰ってみろ、人生三倍愉快痛快不愉快の極みだ」

「皇毅様は、そんな怖い桃を貰っちゃったんですか……」

「………」

どうしてこの娘はこうも事の根底をアッサリ突いてくるのだろうか。
確かに意味不明のまま、ポンと渡される桃の意に気がついた頃には誰もが後の祭りだろう。

紅秀麗も警戒し始めているようだが、既に目を付けられ桃を渡されているようだった。
しかも、あの優し気な外見に騙されて剥いて食べさせているくらいはしているだろう。

(大馬鹿の極みだ……)

「アイツにとって私は既に桃なのかもしれないがお前は違う。しかしとてもお前では手に負えない。近づくな」

「はい、これ以上ご迷惑にならないように致します」




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