風化する永劫


(三の姫が晏樹に喋っただと……)

「おやおや、なんだいその計算違いでガッカリみたいな顔」

「何かの間違いじゃないのか私は未だ独身だぞ」

「旺季様にバレるのが怖くて、見舞いに来る前に奥さん連れて此処へ逃げて来たんだよね?もう一層仕事に後始末つけてこのまま駆け落ちでもすれば?その方が清々しいよ」

ザァという風の音と共に晏樹の軽い前髪を巻き上げるが、視線を反らす事なく微笑を含む表情を崩さない。

「悠舜が茶州から帰還してこれからって時なんだけど、皇毅があの人の足引っ張るの傍観なんてつまらないから抜けてよ」

「何を一人で苛々している。誰が聞いているのか分からん場所で喚くな」

「じゃ、警告はしたから」

帰るね、と掌をヒラヒラさせて晏樹は踵を返す。
毎回大門の閉まるこの夜中に通行印無しでどうやって御史台に入り込んで来るのか未だに不思議だが直ぐに姿は見えなくなる。

どうしてこうも追い討ちを掛ける輩ばかりなんだと額を押さえるが、立場上そうならざるを得ない事も承知していた。
これまで目的の為に色々な物を棄て、また踏み台にしてきたのだから自業自得という事だ。

『旺季様にバレるのが怖くて』

晏樹の一言が突き刺さる様に重い。
惚れた女と暮らしたい、玉蓮の素性の難を除けばただそれだけだった。

それなのに何かが憚られた。
旺季には「ヤケっぱちで、貴方のお薦めを娶るつもりでした」という事にしておきたかったのだと改めて思い知らされる。
永劫に最愛としていた人は深々と風化してゆき、また愛せる女に巡りあってしまった事実を隠したい。
何処までも穢く狡い感情で周りを混乱させ、それを誤魔化そうと躍起になり玉蓮を連れまわし彼女をも翻弄している。

(それでも、決して離脱などするものか……)

皇毅は心配しているだろうと仮眠室へと戻ると、その姿を見て玉蓮は青くなった。

「包帯に血が滲んでます!」

慌てて駆け寄り、細々と包帯を取り替える玉蓮の手を見つめやがて静かに瞑目する。

「私は屍人に札無しで首斬れば何とかなるだろうと挑む愚かな男だが、お前はそんな愚かで残忍な男でもいいのか」

玉蓮は小首を傾げながら珍しく消沈気味の皇毅を眺める。

「皇毅様がお優しい方だという事はお邸の人達を見れば分かりますよ?どんなに表向き取り繕ろうと、その方の人格は家人を知れば分かります。惨い主人のいる家の者達は余計な事は喋らず静かに息を潜めて常に緊張しているものです。嘗て私の家がそうでしたから……、なので皇毅様のお邸の侍女様方が溌剌として主人を心からお慕いするご様子に人徳を感じました」

「加えて留目にあの家令か、あれは私の人徳というより野放し状態が成せる業だろう」

「お母様と間違えちゃいました、ふふ」

「逃げなくていいのか、もう離してやらないぞ」

「ずっと傍にいるって約束しました。居させて下さい」

やはり、彼女だけは手離したくはないと、皇毅は瞑目したまま静かに意思を固める。


愛に、
誠実に向き合えるように




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