お嬢様と護衛
皇毅は呆れたように溜息を一つ溢してその場を去る素振りをみせる。
薬材店へ来た用事が済んだようだ。
きっと挨拶だけでなく何か店主と話があったに違いない。
本当に公休日なのかも怪しかった。
もしかしたら皇毅は仕事の真っ最中なのかもしれない。今にもこれから宮城へ行って仕事の続きをすると言い出しそうだ。
二人で出掛けている気分が台無しになり、胡乱の眼差しでその場に固まる玉蓮の様子を見ていた奥さんがつかつかと歩いて皇毅の前に立った。
強面に対して奥さんはなるべく目を合わせないようにしながらも玉蓮の為に精一杯の言葉を投げかける。
「護衛の方、しっかりお嬢様を守ってくださいね。あとお嬢様を慕っているのならばちゃんと言葉にしないと伝わりませんよ」
予想外の忠告にお嬢様の方が跳ねた。
「奥様!?」
「だってそうでしょう」
奥さんは最後に皇毅をしっかりとした面もちで見据えた。
驚いて慌てふためるはずの護衛は眉一つ動かないが無視はしていない。
「玉蓮さんもあまり頑なになってはいけませんね。護衛の方の気持ちを少しは汲んで上げなさい」
「確かにその通りです。妻には振り回されてばかりです」
ニヤリ、と嗤い皇毅は踵を返した。
その姿に慌てて続く玉蓮も頭を下げて「またお手伝いに来たいです」とだけ告げて急いで後を追いかけた。
奥さんが忠告している間、その話には興味がなさそうに店の準備をしていた主人が最後の言葉にだけ反応した。
「あの男、今『妻』と言ったか?」
「まだ落ち着いてはいなそうですが、どうやらそうなりたいようですね」
二人の内情を悟っているような奥さんに主人は皇毅から頼まれた『仕事』を反芻する。
仕事の内容は極秘だと告げられた。そして妙な事に自分の家内を巻き込むわけにはいかないので皇毅の身分だけを明かす事にする。
「お前が護衛とか決めつけていた男は役人だ。それもかなりの高官のようだぞ。そんなお偉い役人輩が医女だったあの娘を嫁に取るとは到底思えん。あったとしても第四夫人くらいだ。あの娘の為に邪魔してやれば良かったか…」
畜生と舌打ちをする。
「何で邪魔なんかするんです」
「ちょっと金のある奴はみんなそうだ。すぐに飽きてまた放り出されるぞ!」
口が悪すぎるが本気で心配している様子に奥さんは苦笑する。
「そうなってしまったらまた此処に戻ってくればいいじゃないですか。今度は住み込みでお手伝いしてもらいましょう」
「そうなった時の為の持参金代わりにあの男から今回の謝礼金三倍増しで請求してくれるわ」
役人から何かを頼まれたのだと奥さんも察する。
以前通っていた秀麗が掴んだ何かを同じく追っているのかもれないが、その厄介事は主人に任せる事にした。
「あの子、また帰ってくるのでしょうかね…」
今はその事だけが気になった。
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