紅御史の足跡
「秀麗様と皇毅様の間に何か!」
わざと大声を出すと店内の隅で内緒話をする皇毅が振り向いた。
しかしさして興味なさそうに視線を店主へ戻し話を続ける。
無視か。
これはいよいよ事情を聞かねば収まらないと心を決めて店主達の話が終わるのを待つ事にした。
奥さんが火鉢を寄せてくれたので座り店内の様子を眺めた。
古めかしい店内は変わらず懐かしい。
医女としての自分に固執し働きたいと願った。
これからも自分は医女でいられるだろうか。
医女として、先生から学んだ心は失わずに生きて行けるだろうか。
奥さんがお茶を差し出してくれる。
「玉蓮さんが作った化粧水がコウガ楼で重宝された事で大通りにある薬店に製法が盗まれてしまったの。それを知った秀麗さんが向こうへ抗議に行ってくれたんですよ。でも戻ってきた時様子が少しおかしかったわ」
「戻ってきたとき…薬店で何かあったのでしょうか」
薬草で作った化粧水は葵家の侍女だけでなくコウガ楼の妓女達にも評判だった。
そのおかげてコウガ楼で皇毅とも再会出来た。
しかし化粧水は特別なものでは無い。
秀麗ならば同じ化粧水で儲け始めた店へ嫌味を言いに行くくらいはしそうだが、製法を取り返すほどのものでもない。
何があったというのだろうか。
「何か隠しているような様子だったのですか?」
奥さんは感じた違和感を思い出す。
「急に口数が少なくなってたし…なんでもありませんオホホとか、」
確かに秀麗がオホホ、と笑う時には何か気まずい事を隠している時だ。
皇毅は絶対に教えてくれそうにない。
玉蓮は一つずつ思い起こし繋げてみる。
秀麗と皇毅を結びつけるのは『御史台』
皇毅が動くならば化粧水の製法が盗まれたという陳腐な事件ではない。
『私や侍女が行方知れずになったら知らせる』
『侍女も…』
必死に考えだす玉蓮に奥さんの眉が下がった。
また何か変な事に巻き込まれやしないかと心配する眼差しだった。
「秀麗さんにも同じ事を言ったけれど、貴女もあまり男の人達が話すことに入っていってはいけませんよ」
その話に背筋を伸ばして私も奥さんに内緒話をしたいと手を口許へ添えた。
「奥さま、これは内緒ですので他の人に漏らしてはなりませんが…」
奥さんの耳許で此方もそっと内緒話をする。
「私と一緒に来たあの方はですね、実は私の優秀な護衛ですのでご安心くださいませ」
「まぁ、あの方は護衛なのですか?旦那様ではなく?」
驚いて大きくなる奥さんの声に跳ねた。
「おお、奥様、声が大きい……向こうに聞こえちゃいます」
地獄耳に届いていませんように。
すると店主との話が終わったようで戻ってきた。
「手土産も渡したので長居せず帰るぞ。店の邪魔になるからな」
偉そうな護衛に奥さんが立ち上がり、つかつかと前に出る。
「これ、護衛の人。お嬢様に失礼してはいけませんよ」
「護衛?」
鬼の形相で視線を向けられる玉蓮は両手で顔を覆った。
なんでこっちの内緒話だけ洩れるのか。
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