浮ついた世界



−−−−冬の庭院は味気ない


色の無い風景にそんな感想を抱きながら回廊を歩くと柱の陰から覗いている玉蓮と視線が合った。

八の字眉の寂しそうな表情は庇護欲を湧かせるものだったが、それ以上寄ってこない事は知っていたので視線を無視して皇毅は軒へと乗り込んだ。

ガタリ、と軒の床を踏む音がやけに耳障りだった。

玉蓮の心を掴みきれないもどかしさと、旺季の邸で何かしでかそうとしている家令に不信感を募らせているのかもしれない。

凰晄が葵家を裏切るような行動をするとは考えづらいが、皇毅の父親に夫を殺された積年の恨みを晴らされても文句は言えなかった。

そんな気掛かりのせいか車輪の音まで耳障りだった。
静かな冬の景色も好んでるが、こんな鬱憤たまった時は蕭条とは無縁な極彩色の空間に身をおきたくなる。

丁度肚を割って話さないとならない最悪に厄介なのがいるので今日あたり連れ出してみるかと軒の中で長い指を額に這わせた。

皇城外朝の偏門より入城し、六部敷地を逸れ粛然とした御史台へ入るとざわついていた波が湖面と変わる。

御史台。

ここが、この冷淡な御史達のみが行き交う永久凍土こそが自分に相応しいと入城の度に感じる。

荘厳な門を潜ると寂しそうにしていた玉蓮の顔も無礼千万な家令の顔も薄らぎ消えてしまった。

御史台の長官室に入ると刑部からと御史達からの報告の書簡が堆く盛られていた。

そういえば、

(何故、次官がいないんだ)

悪い時には一夜で山積みになる書簡どもを見ると次官がいない事に憤りを感じる。

しかし十二人目をクビにした辺りで吏部から「いらないんですね?」と勘違いされたのかパッタリと次官が任命されなくなった。
もしかして次官がいないのは皇毅のせいなのかもしれない。
直ぐにクビにしたり冗官まで官位を蹴落とす邪悪な上司に寄り添う次官など最早志願して来てくれる者もいなかった。

いつか陸清雅あたりをコキ使ってやろうと目論んではいるが、あの男は次官になどならずに六部の出世街道へ参戦する気もする。

なのでこの書簡に判子をつくのは延々と自分だけな気もしていた。
山が崩れ巻物がゴロゴロと床に転がると同時に室に猫なで声が響いた。

「あ〜……相変わらず酷いね。今日から御史台次官に任命されたし手伝おうか?」

皇毅が床から視線を上げると優雅な官服を纏った晏樹が長官室へ勝手に入り込んでいた。

「今、何と言った」

「だから、御史台の次官に任ぜられたんだ。その気になれば皇毅よりも仕事は早いし次の正式な除目では僕が長官かもね」

十三人目の次官がまさか桃仙人とか嘘だろ。
数字も不吉過ぎる。

吏部……というか、旺季様、なんという事を。

しかしもしかしてこの男、頭はいいので机仕事を押しつけるには適任かもしれない。
クビにするには惜しくなったらどうしてくれよう。

「嘘、…だろ?」

「うん、ウソだよ」

鐘三つ分の沈黙が降りる。


今、ブッ殺す!!

皇毅は壁に掛けてある剣を抜いた。




[ 40/79 ]

[*prev] [next#]
[戻る]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -