内緒話の行方


急に侍女頭が戸口に向かい声を上げた。

「どなたですか!」

玉蓮も急いで戸口へと視線を向けるが、人の気配は感じなかった。
侍女頭はぼんやりしている玉蓮と戸口を交互に視線をやる。

(今、確かに気配があった……きっと今の話を当主様に聞かれた)

侍女頭はその言葉に目を伏せた。
縫い物を止めた手が小刻みに震えている。

「分かりました。二度とこの話は持ち出しませんので墓の中まで持って行ってください。それに玉蓮さんもそろそろ寝た方がいいでしょう。明日から旺邸へゆく準備をするので忙しくなります」

震える手に玉蓮の手のひらが重なる。
とても温かかった。

「夜分に失礼致しました。私も話していたら気持ちが落ち着きましたので少し眠れそうです」

にこり、と微笑み頭を下げて静かに室を出て行く姿を見送った侍女頭は足音が遠のくと縫っていた端切れで涙を拭った。

「私も姫様の事を信じております」





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



翌朝、凰晄の室へ呼ばれた侍女頭が昨日の報告を粛々と行っていた。

「玉蓮さんは情に流され私に話したりしませんでした」

そうか、と凰晄は満足げに頷いた。

「間諜役ご苦労であった。昨夜の尚書訪問の際、二人の間へ突進していったから確実に何か掴んだろうが当主に関して何一つ漏らさなかったか」

はい、と侍女頭は包み隠さず報告する。

「私が刑部尚書に恋いこがれてないかと疑っていました」

「失笑ものの阿呆だな」

しかし失笑どころか凰晄は鉄の無表情だった。
そこまで報告したところで侍女頭は最後に自分の身を案じる胸の痞えを吐き出した。

「その話をしている際、室の外に気配を感じました。当主様がいらしたのだと私は思います。このような話を持ちかけた私に対し不信感を抱かれていないでしょうか」

凰晄は手に持っている帳簿で机を叩いた。

「私の命で動いているお前の身は私が保証する。家人一切は私に一任されている故案ずるな。玉蓮を試す事はここで終わりだ。葵家の内情を墓まで持ってゆく心構えがあればそれでよい。旺季様の後ろ楯を必ずもぎとるため貴女も旺邸へゆき玉蓮を支えなさい」

玉蓮を葵家の正妻にする唯一の方法、それは身分を担ぎ上げること。
そのために旺季を利用する。危険な賭ではあるがその対価は果てしなく大きい。

凰晄は忠実に尽くす侍女頭にだけ、そっと自分の胸の内を伝えた。

「あわよくば旺季殿の養女にしてもらうように進言する。玉蓮が『旺家の姫君』になれば、当主の態度は必ずや激変する。虐げまくった玉蓮に対して当主がどうでるか見物だと思わないか?」

凰晄はほくそ笑んだ。
その表情が当主とそっくりで、当主とやり合うにはこうならないといけないかと思うと侍女頭ですら薄ら怖くなる。

玉蓮に対する家令の最後の試験は終わったようだ。
これから家令と当主の玉蓮を賭けた水面下の戦いが旺邸で始まるのだと、その行方に関わる事が許された侍女頭はもう一度深く礼をとった。



−−−−−−−−願わくば、旺家の姫君に



しかしその願いに、玉蓮の気持ちは置いてけぼりだった





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