悲恋往々


皇毅の妻となる高貴な方をお迎えする−−−−−


何故だかそれが不自然に感じた。

自分にはその資格など疾うに無いと諦めた気持ちと、凰晄に何か目論見があるのではないかと疑う気持ちが交錯した。
思考の中で揺れ動く薄い瞳を当の家令は無表情で眺める。

凰晄に目論見があるならばと玉蓮は口を開く。

「私の家門も貴族の端くれでしたので、私の父も愛妾の一人や二人いてもおかしくなかったのかもしれません。けれど妻は私の母一人しかおりませんでした」

旺邸での段取りについて話さねばならないのに、玉蓮は故郷で暮らしていた自分の邸の話をしだした。
疫病に蝕まれて王にも見捨てられ、終いには火事で全て焼けてしまった自分の家だが、そんな悲しい思い出だけではない。

「私にも大切なお嬢様として育てられていた時がありまして、その頃に見た景色はみな輝きに満ちて美しかった事を今でもはっきりと覚えています。母が好きだった邸の庭院に咲く花を摘んだり、蝶を追いかけたり。邸からはあまり出られませんでしたが自分の家が大好きだったので私は十分幸せでした」

絵に描いたような貴族のお嬢様だった幼少の思い出を凰晄は話を黙って聞いてくれていたが、暫くして一言返ってきた。

「それで……その話が今回の事と何か関係があるのですか」

冷たすぎる言葉だが玉蓮は独り言の様に続ける。

「そんな家だったので、私は妻は一人でいいと誓ってくださる方の元へ嫁ぎたいのです」

「何を言っている」

「ですから私の夫になる人には父を見習って妻は一人と誓って頂きたいのです。次々と妻を娶るような皇毅様にはもはや何の未練もございませんのでどうかご安心ください。旺邸でのお勤めしっかりやらせて頂きます」

ぺこり、と頭を下げて再び姿勢を戻すと、凰晄の顔が少しだけ曇っているような気がした。

父に隠された側女が居なかったのかと問われれば、それは分からない。
けれど唯一無二の愛を貫いてくれたのだと信じている。だから玉蓮にとってはそれが普通の夫婦の姿だ。
たくさんいる妻の中の一人になる気はない。
この願いが叶わないならば医女として職を持ち一人で生きていってもいいと思うくらいだ。

凰晄に分かって貰えるだろうか。
そんな視線を向けているとため息を吐かれた。

「貴女の願いは分かりました」

けれど、と続ける口調は鋭く厳しいものだった。

「妻や妾が何人いてもお構いなしな女人などいるわけがない。貴族の妻となる者は家門の繁栄を想い分別をもって仕える。夫に自らの我が儘を押しつける妻など我が当主でなくとも迎え入れる事は出来ない」

「はい、……」

凰晄は嘗て玉蓮に葵家の帳簿を見せて妻として管理するようにと言ってくれた。
その期待と信頼を壊してしまったが、いつまでも皇毅の妻に返り咲こうと躍起になっていると勘違いされたくは無かった。

分かって貰えたなならこれで良かったのだろう。
そんな心情に凰晄は付け加える。

「しかし私にはやはり貴女が皇毅を未だ慕っているように思える。今の話もやけっぱちになってわざと話しているようだ。情が枯れてしまった者は躍起になって興味がないと主張などしないものだ」

ぱちん、と手が打たれる。
この話はこれまで、という合図のようで凰晄は旺邸での仕事の内容が書いてある料紙を手渡してきた。

そこにはお迎えするお嬢様の家柄や年齢、人柄、好みなどが詳細に記されていた。姿画も添えられている。
侍女として仕えるのだからお嬢様の好みなどは把握しておかなければならないのだろう。

しかし手渡された料紙を開いて眺める玉蓮の口が徐々にへの字に曲がってゆく。

「承知致しました。旺邸へ向かう準備を致します」



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