悲恋往々


いけない。
これ以上言葉を続けられない。

玉蓮は俯いたまま礼をとり踵を返した。
急いで室を出てそのまま回廊を早足で歩いていると侍女と出くわした。

「あら、姫様。どうされたのですか?真っ蒼ですよ」

雑巾片手に侍女は悪気無く寄ってくる。

「ついて来ないでください…」

「何ですか?姫様も今は侍女なんだから手伝ってくださいよ!……なんて、冗談です」

近づく侍女を拒絶したのに、声が小さすぎて伝わらなかったようで侍女はいよいよ顔を近づけてくる。
早足で侍女を遠ざけようとするのに「どうしました?どうしました?」としつこく訊いてきた。

手に握られた料紙はぐしゃしゃになっている。

「姫様、もしかして泣いていらっしゃるのですか?何処か怪我でもされましたか」

−−−−泣いている?……そんな、

「泣いてなんか、ないわよ!」

顔を歪めて叫ぶと、大声をだす姿を初めて見た侍女は驚いてその場で固まった。

薄情な皇毅の事などもう何とも思っていないはずなのに、妻に推薦されるお嬢様の姿画を目にした途端、悲しくて悔しい気持ちが溢れてきてしまう。

凰晄にこんな姿を見られては「やはり未だ未練あり」と烙印をおされるだろう。
だから侍女にも知られたくない。

「……大声出してごめんなさい」

理由は告げず侍女をおいて足早に去る。心配してくれただけなのに随分な態度をとってしまった。それくらい心の余裕は無くなっていた。

こんな頑固で冷たい態度ばかりでは、皇毅や凰晄だけでなくせっかく仲良くなった侍女達も背を向けてしまうだろう。
そんな風に考えながら、東偏殿に与えられた自分の自室に閉じこもる。

狭い室だが後宮では相部屋の上に寝台も与えられず床で寝ていたので、葵邸は使用人達の待遇は良い方だ。
冷えた布団の上に寝転び、くしゃくしゃになったお嬢様の姿画を広げてみるとそこには二人の女人が描かれていた。

「私よりずっと若い…信じられない……いいえ二人いっぺんに結婚するなんて、信じられない!どうかしてるわ」

奥方候補の二人は同郷の幼馴染みのようで、同じ家に嫁ぐ事は別段問題にしていないようだった。
どちらが正室になるのか、側室になるのかはまだ記されていなかった。

幼馴染み同士ならばお互い仲良くやっていけるのだろうか。

(私は無理……)

先ほど号泣してしまったのは自分にもまだ機会が残されているような、そんな希望が胸の奥に灯っていたからなのだろう。
それが打ち砕かれ頑是無い子供のようになってしまった。

皇毅と夜な夜な碁を打ったり、見張りの夜伽と称して一緒に寝たり。
新たしい奥方が来るならば、いい加減止めなければならない。

愉しくなかったといえば嘘になる。
ずっと皇毅だけの医女でいたかった。

(ずっと皇毅様の医女でいたかった……この気持ちくらい忘れないでいよう。それくらいはいいですよね)

旺邸にゆく為の少ない自分の荷物をまとめ終えると、涙で腫れてしまった目元に化粧を施し玉蓮は何事も無かったかのようにいつものニコニコ顔で侍女達の元へ向かった。




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