幼馴染みの思惑


朝の凛とした空気が頬を掠めパチリ、と今度はしっかり目を開ける。
久しぶりに深い眠りにつけたようで頭が冴えていた。
温かい布団が名残惜しいが起きなくてはと振り返ったところで身体が固まった。

目の前には皇毅が横になって寝ている。
右腕が真っ直ぐ此方へ延びている所を見るとどうやら腕枕をしてくれていたようだ。

(……私、皇毅様の腕枕で居眠りしていた?)

否、爆睡していた。

見れば窓の外は既に朝靄が掛かっている。
今日は冬の晴れ間のようで窓辺から光の筋が真っ直ぐ室内へと入ってきていた。

「また……また、やってしまった。また夜伽したと勘違いされるような事を…してしまった」

震えながら寝台を降りてそのままソロソロと室を抜け出す為に扉を開ける。
自分が此処にいたことは知られてはならない。

そっと開けた扉の前には侍女が手水盥を持って立っていた。
あわあわ、と蒼白になる玉蓮とは対照的に侍女は明るく挨拶する。

「姫様、起きられましたか。おはようございます。じゃあこれお願いしますね」

ハイとうぞ、と当たり前の如く手水盥を渡される。
そのまま侍女は去っていった。

……驚かれもしなかった。

盥を抱えながら目を剥く玉蓮の状況を探る事も言い訳を聞く気もないようで侍女の姿は既に小さくなっている。

剥いた目を今度は据わらせながら皇毅の支度を手伝った後、急いで葵家の正門の前に走った。
皇毅と一緒に出てくるわけにはいかない、そんな事をしたらまだ妻の座を諦められていないと思われる。

そうではないと、自分にも言い聞かせる。
とっくに諦めていると皆にも分かって欲しい。

そんな思いで走ってきた正門にはまだ誰も出てきておらず、一人背筋を伸ばして壁際に立つ。
当主の出仕時刻に合わせて徐々に家人達が集まり出すと玉蓮はその中に静かに紛れた。
これできっと凰晄には知られずに済むだろう。

家人の中に紛れ礼をとる玉蓮の姿を見たのかどうか定かでないが皇毅は軒に乗って出仕していった。

「玉蓮」

「は、はい」

声に驚き頭を上げると凰晄が無表情で此方を見ていた。誤魔化しきれなかったのか。

「なんでしょうか」

「大切な話があります。私の室へ来なさい」

凰晄の言葉にまず周りにいた侍女達の顔色が変わった。玉蓮を正式に迎える話なのかと期待する顔や、今度こそ追い出されるのではないかと不安そうにする顔が入り交じっていた。

そんな視線を受けながら凰晄について室へ入る。
凰晄は卓子に向かって座り香炉の蓋を開けて匙で香粉を足すとふわり、と香りがたった。

「よい香りだろう。この香は葵家の先代のご当主様が使っていたものだ。しかしもう私以外だれもこの香を使う者はいないが……」

寂しげな独り言のような言葉の後にいつもの口調で続ける。

「貴女に頼んでいたことがありましたね。旺季様のご推薦を取り付け旺邸にて皇毅の奥方をお迎えする準備が進んでいる。先に旺邸へゆき奥方候補達にお仕えしなさい」

奥方候補……。

「三の姫様ですか…?」

「自分でぶち壊しておいて、そんなわけありますか!今度こそ真面目に仕えなさい」

「はい、す、すみません」

玉蓮は凰晄の意向に違和感を感じた。
周りに相談すればただの嫉妬だと思われるかも知れないが、皇毅の奥方候補にも、その方に自分がお仕えするという話も、何かがおかしい気がする。

(凰晄様は何をお考えなのだろう……)

その時は何も分からなかった。





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