危うい関係


寒さで悴む白い指に大きな掌が合わさる。
芯まで冷たくなっている指先を確認すると短い溜息を吐いて皇毅は備え付けの椅子に身体を戻した。

「外で立たされるとは一体何をしでかした?湯を沸かしているようだから湯浴みして来い」

「湯浴み……わ、私が入ってもよろしいのでしょうか」

遠慮する言葉とは反面玉蓮の瞳は輝いていた。
湯浴みは最高の贅沢であり仕える身では到底出来ない。
モジモジと頭を下げて次の言葉を待っている姿に皇毅は指を顎に添えて眸を細める。

「後宮に仕官している女官ですら湯に入るなど叶わなかったはずだが、何故かお前は湯に入り慣れていた。北の医倉の近くに硫黄泉が沸いていたが、まさかお前その温泉に入ってなかったか?」

「い、いえ、そんなはしたない真似など致しません!……足だけです」

玉蓮は唇を巻き込んだ。
足だけでもはしたないだろうと更に責め立てそうになったがそんな事を言いたいわけではなかった。

「もう行っていいぞ」

「はい……!」

背筋を伸ばして一礼しすると、一目散に湯殿へと消え去ってしまった。

再び室内は静まりかえる。
羹を飲み終えた皇毅は空になった器を無機質な双眸で眺めた。

玉蓮に対し非情な仕打ちを繰り返す家令がこの器を下げに寝殿へと入ってくるだろう。
凰晄が何を考えているのか分からなくもなかった。本当に邪魔な存在だったとしたら、中庭に立たせるのではなく門の外に立たせて二度と門を開けないだろう。

(中途半端な嫌がらせの先に…私がいるわけか)

暫く静寂に沈んでいると、寝殿の戸が開く小さな音が聞こえ、器を入れる匣を携えた凰晄が入室してきた。

「失礼致します」

礼をとってから香炉に蓋をしたり蝋燭の数を減らしたりと、いつも通りに無言で仕事をこなす。
その姿から皇毅が尋ねなければ自分から報告はしないといった様相だと見て取れた。

「玉蓮についてなにか報告はあるか」

仕方なく折れてやり訊くと、凰晄の冷えた視線が返ってきた。

「ございます。あの娘、貴方の為に用意した湯に我がもの顔で浸かっており、あろうことか髪まで洗って長湯です」

クッ、……。
皇毅が笑うと対極を表すように凰晄は顔を歪めた。

「……私が許可したからだ」

「存じております」

フン、と意地悪く鼻を鳴らして背を向ける凰晄に家令として長く仕える彼女の考えが知れる。

夫を葵家当主に殺された仇討ちをする為に戻って来たと警戒していたが、彼女は亡き夫の遺志を継いでいる。それを知った時から家令として重用してきたのだ。

彼女の考えていることは多少読めるようになった。

凰晄は葵家を裏切らない。
しかし惻隠の情がある。

「お前は戻ってきた玉蓮に散々冷たく当たっているようだが、お陰でお前より百倍優しい私のところに入り浸っている。玉蓮を私の前に出すことにより、私と玉蓮双方の旧情を引き出そうとしてないか?」

長い指を突きつけてやると凰晄の動きが止まった。
背面を向けられどのような表情になっているのか確認出来なかったが認めたようなものだった。





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