危うい関係
「三回転捻くれたやり方で仲を取り持ってくれるのは有り難いが、お前が真に忠誠を誓っているのは『葵家』であり図太く長湯決め込んでいる者ではない。この先再び私が切り捨てると決めたとしても、無駄口一切叩くな」
「一体私がいつ無駄口など叩きましたか。貴方みたいな邪悪な男からは全力で逃げればいいものを、ノコノコ戻って来たのはあの子の方です」
戻ってきた時、玉蓮は別人の様な顔をしていた。
皇毅に棄てられた恨みと、それでも行くあてがない自分に失望してるようだと感じた。
そんな卑しい者なのに、どうしても『この娘は皇毅を助ける』そんな気がしてならないのだ。
大官を支えるに相応しい名家ではない。
正妻にしてやるだけのものを持っていないのに、どうしてそんな風に思うのだろう。
三の姫との縁談を台無しにして、皇毅になにかよい事をもたらせたのだろうか。
自分の感じているものは間違いなのか、今でも分からないのだ。
「崩れ去った愛情だけを背負って戻って来たと思っているのか?元は貴族の家柄だ。矜恃を背負って自分の両親を殺した下手人を探しに戻ってきたのだろう」
嫌な予感がする。
「……何故、此処へ戻ってきたのでしょうか」
「彼女の村が疫病で封鎖された時に私が封鎖に関わっていたからだろう。とばっちりもいいとこだ」
その薄情な一言に凰晄の瞳が見開かれた。
彼女の顔が変わって見えた理由。
疑っているのだろう。
−−−−−封鎖しただけではない、皇毅が殺してしまった
おそらくそうなのだろう
言われた通り、凰晄は無駄口を開かなかった。
代わりに静かに瞑目する。
(なんと酷いこと…)
それは皇毅だけに当てられたものではない。
疫病に、封鎖令に、取り残された玉蓮に、全てに当てていた。
嵐の夜に現れた夜盗が玉蓮に皇毅との因縁をそっと耳打ちしてやったとしたら、あの夜、全てが変わってしまったのだ。
凰晄は三の姫と皇毅の密会があると騙し討ちに遭いその場にはいなかったが、あれはただの物取りではなかった。
(皇毅が玉蓮を探すなと命じた事もこれで合点が行く…)
「一つだけ、無駄口よろしいでしょうか」
「いいだろう」
「何故、邸に留めておくのですか」
「好みの女だからだ。それに、もうすぐ全て終わる」
最初の一言を屑籠に投げ捨てたが、結びの一言が自然と脳裏に焼き付いた。
意味不明な分、何かとても重要な事を滑らせてしまった気がする。
『もうすぐ終わる』一体何が終わるのだろうか。
自分で反芻しているからこそ、口から滑り出てしまったのだと勘が告げた。
頭の中で「しまった」と思っているはずの皇毅の表情はまるで変わらない。
これ以上の無駄口は身のためではないと凰晄は器を入れた匣を抱えて一礼する。
忠誠を誓っているのは『葵家』
それは、どうなってもきっと変わらない。
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