謎の夜
寒昊の下、玉蓮とお節介侍女が二人寂しく中庭に立たされていた。
沙汰があるまでそうしてろと命じられ、「実家に恥をかかせてしまった」と肩を落とす侍女は家人が通りすがる度に、自分を井戸に落としに来たのでは無かろうかと背筋を凍らせ玉蓮にしがみついてくる。
「姫様……私、聞いたことがあるんですよ。よそのお宅にお仕えしていた下女なのですが、奥様の髪を梳いていて間違えて髪の毛を引っ張ってしまったんです。その下女は次の日井戸へ落ちてそのまま死んでしまいました。自分で落ちたことになっているのですが、いいえ違う!絶対落とされましたよね!?私ももうじきそうなるんだわ……」
本気で怯えている侍女に何か声を掛けてあげたいけれど、後宮で似たり寄ったりで行方知れずになってゆく女官達を知っている玉蓮は体よく励ます言葉が見つからなかった。
玉蓮に強い立場があれば良かったが、侍女と一緒に立たされている所をみるとそんなものはまるで無い事は明白だった。
「でも姫様がいれば大丈夫ですよね!?当主様は姫様が何やらかしても許してくださいますよね」
「あの……皇毅様はもうすぐ正式な奥様をお迎えされるようなので、私がいても特に……むしろ不利かと」
俯く玉蓮に侍女は震え上がった。
本当に不味い事になったかもしれない。
「な、なんですかソレ!」
自分の行く末ばかり気にしていた侍女だが、玉蓮の暗く沈んだ瞳を見ては視線を逸らすしかなかった。
当主の寝台で午寝しているくらいなのだ。この状況を一番悲しんでいるのは玉蓮だろう。
侍女はなんとか言葉を捻り出す。
「でもホラ、当主様はあのお美しい三の姫様ですら追い返した方ですから……無論お心は未だ姫様にありますよ」
「………」
侍女の言葉はもう耳に入っていないようだったので、それ以上は何も言えなかった。
燕の巣汁を台無しにしてしまった侍女が二人に行火を持ってきてくれたが、凰晄から室に入っていいとのお許しは無いとの事だった。
陽が暮れてゆく。
「寒い…もう限界…お腹も」
寒さからかお腹を壊した侍女が厠から戻って来たと同時に当主の帰邸が告げられた。
回廊に現れた家人が声を二人に掛けてくる。
「一時謹慎を解く。玉蓮は当主様がお呼びだ」
その言葉に飛んで喜びながら侍女は再び厠へと向かって走って行ってしまった。
その後ろ姿を案じながらも、玉蓮にはどうしても確かめたいことがあった。
この状況に貶めた昨夜の夜伽の夢。
あれは現実だったのか、それともただの夢だったのか。
すっかり冷えた行火を手にして西偏殿へ入ると、火桶を前に室内着に着替えた皇毅が卓子横の台で寛いでいた。丁度、燕の巣の羹を飲んでいた所のようで器を卓子に静かに置く。
「お帰りなさいませ…」
一礼すると視線が向いた。
「医女に脈を診てもらおうと思ったが、どうした」
「ど、どうしたもこうしたもございません!私、皇毅様を誑かす女狐と間違われて一日外に立たされてしまいました。皇毅様が碁に負けたら夜伽しろなどと、そんな風にからかわれるから」
そこで玉蓮はあんぐりと口を開けた。
もっと冷静沈着に昨日の事を問うだけのはずだったのに、これでは皇毅に愚痴をこぼして甘えているみたいではないか。
「女狐というより、俊臣殿曰く小栗鼠らしいぞ。ちょろちょろしずぎだ。少し落ち着け」
「私の印象の話ではこざいません!」
嗚呼、やっぱり甘えている。
玉蓮は口をヘの字に曲げた。
こんな調子で昨夜見た恥ずかしい夢の真相を聞き出すことなど出来るのだろうか。
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