無地の夜着


停止したまま再び沈黙が降りる。

ふと、皇毅の夜着に目がいった。
質の良さそうな夜着には刺繍が入っていない。
夜着に刺繍をするのも、匂い袋を作ってあげるのも、妻の仕事だったとそんな事を考えながら無地の夜着を見つめた。

そのまま暫く沈黙していると、背凭れから身体を起こした皇毅が箪笥を開けて大きな碁盤を取り出しそのまま卓子に置いた。

「置き石はいらんのか」

心地好い静かな時間が動いてしまった。

「え、?はい、その……皇毅様がお疲れにならない程度に碁をするのは構いませんが、私が負けたら何をお命じになるのでしょうか」

「そうだな、……縒りを戻すとするか」

また狡いことを言われた。

「医女としてはそんな皇毅様の腎経を心配しております」

それに………、

『妻』だったことなどありましたか?


玉蓮は静かに瞑目した。

「お前は旺季様と呑んでいた時に現れて、私にだけ散々無礼の限りを尽くした女官にすっかり戻ってしまったな」

パチン、と蝋燭から火花が飛ぶとその音に玉蓮は驚いて椅子から転げ落ちそうになるほど跳ねた。
その姿を面白そうに眺めながら皇毅が指先を倒して、簡易的な丸椅子から卓子台の椅子へ上がって来いと合図している。

「せっかく戻ってきたのだ。お前が勝てば話を聞いてやろう。嵐の夜に現れた賊の事が気になるのだろう」

途端に視界がぐらりと揺れた。

狐の面の男は誰だったのか、そして彼の目的は何だったのか。
どうして自分は追い出されなければならなかったのか。
皇毅にとって、どんな不都合があったのか。

進む道はまだ分からないけれど、前に進みたい。

「知りたいです。皇毅様が隠していること全部」

罪人として流刑にあうはずだったところを救ってくれた。
なのにどうしてこうなってしまったのか、何があったのか教えて欲しい。

「私に勝てば暴露してやる」

「是非とも知りたいのです。けれど今のお誘いの手管、覚えがあります。あれは外朝での忌まわしき宴席でした。宴席では私を妓女と思い夜伽のお誘いをする官吏様が沢山いらっしゃいましたが、御史台はそういう悪しき慣例に、罰を」

ケホン、

思い出すだけでも苛々して捲し立てたが、喉につかえ咳き込み肝心の所が言えなかった。

「慣例に、罰を与える方々だと思っておりましたが」

「そんな暇な部署だと思っていたのか。それにここは外朝ではない」

「私の、気持ちは無視ですか」

自分で吐き捨てたその言葉に玉蓮は俯いた。
知りたい事を探りに戻って来ただけ。皇毅を夫として信じていた医女は居なくなってしまった。
そういう事にしておきたかったのに、まだ皇毅に気持ちがあるような事を自ら認めてしまったような気がして居た堪れない。

「……なんでもありません」





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