無地の夜着


顔を伏せたまま、碁石を掴んでパチンパチンと陣地を灯してゆく。
今の言葉は無かったことにしたい。

うやむやにしたくて遠慮せず石を置いてゆくと腕が掴まれた。

「お前は…常識を考えて置け」

強面で睨んでくる皇毅に負けじと無言で頬を膨らませる。するとそれが可笑しかったのか嗤われた。
皇毅がどれくらいの腕なのか皆目検討がつかないけれど、これくらい置いておけば本当に勝てるかもしれない。

「真剣勝負ですからね」

「こんなに置き石されたら容赦のしようがない」

長い指が碁盤へと伸び石が置かれた。
その様すら優雅で彼は正真正銘の名門貴族なのだと改めて感じ、やがて碁石が弾かれる音のみが室内に響く。


(負けたら……今夜はこのまま……)

そんな事を考えてしまい一人で顔を紅くしてふるふる、と頚を振った。

暫く対局していると、皇毅が緑豆湯を再び口に入れているのが目に入る。

「緑豆湯、温め直して参りましょうか」

冷めるとさらに飲みづらくなると声を掛けたが、返事はなく皇毅は碁盤に目を向けている。
集中しているのか問いかけも耳に入らなかったようだ。

一人で気が散っている玉蓮が碁盤に目を向け直し布陣を見る。途端に真っ青になった。

(……嘘、)

置くところが、もうない。
嫌がらせのように置き石をしたのに。

瞳を見開きながら泳がせていると、皇毅が顔を上げて
その様子を窺っている。

「ご、ございません」

口をぽかん、と開けたまま、負けましたというより驚きましたと言いたそうな表情で呟くしかなかった。

皇毅と対局するには弱すぎた。
しかし勝った当人はほくそ笑むかと思いきや物珍しそうな表情で顎に手を添えた。

「ここで投了が分かるのか。てっきり最後までノコノコと石を置き続けるのかと思ったが」

気遣いなのか本当に感心してくれているのかそれは皆目見当がつかないが、全然誉め言葉になってはいない。こんなにあっさりと負けてしまって、真剣勝負などと言ってしまった自分が恥ずかくて仕方がないと俯く。

「さて、……お前の負けだが」

「はい、精進致します。それと明日からはちゃんと燕の巣の羹をご用意致しますね」

急いで器を回収するとでは失礼致しますと頭を下げ、そのまま後退していく。
すると髪の毛が何かに引っかかった。

しっかりと結い上げていたはずなのに、頭を下げた時に長い髪が落ちてきたのだ。
どうしてそんな事になったのだろうと不思議そうに顔を上げると皇毅が髪の先端をくるくる、と指に巻き付けてほくそ笑んでいた。

「特別にもう一度だけ言ってやる。お前の負けだ。私はお前が心に抱いていたような男ではなかったろうが、私の秘密を探ろうなどしなければこれからも護ってやる」

皇毅は最初から変わらない。
知らなかった、否、勘違いしていたのは玉蓮なのだ。



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