静かな夜


自室で寛ぐ皇毅の姿を扉を半開して確かめると、玉蓮はなるべく静かに扉を開けて寝殿へ入っていった。

寄りかかる長椅子の横に配置された卓子に緑豆湯と蓮の実を置いて礼をとる。

「お夜食をご用意致しました」

「お前を召した覚えはないが」

視線すら向けられないのはいいとして、随分な言い草に玉蓮の頬は不機嫌そうに膨らんだ。

「召されて来るような間柄ではございませんが」

反抗的な言葉を聞いてようやく皇毅の視線が上がった。殆ど無表情なのだが、玉蓮は皇毅に遊ばれているような気がしていた。
どうしてそんな風に思うのか、自分でも不思議だった。

「緑豆湯が冷めてしまう前にお召し上がりくださいませ」

「私が疲れをとるために飲んでいるのは燕の巣汁だ。知らなかったのか?」

玉蓮の出すものなど、どうでもよさそうに飲み下すと踏んでいたあてが外れてしまった。
先ほどの侍女の泣きっ面を思いだしたが、玉蓮は顔色ひとつ変えずに緑豆湯を匙で掬った。

「確かに燕の巣は疲れをとってくれますので明日からはそう致します。でも今日は皇毅様の医女がこれと言うものをお召し上がりください」

匙を皇毅の口に押し当てる。
こんな無礼過ぎる図を家人達が見たら卒倒するかもしれない。
皇毅は唇に匙を押しつけられたまま三拍ほど停止していたが、口を開け緑豆湯をゆっくり含んでくれた。

「ありがとうございます…」

「そこに座って蓮の芯も剥いておけ」

お役目御免かと思いきや時間のかかることを命じられてしまった。
皇毅が書物に視線を戻してしまったので勝手に下がる事も出来ず、対面の長椅子に座って蓮の芯を取り除く作業に取りかかった。

静かな西偏殿は目を閉じれば雪の溶ける音すら聞こえてくるようだ。
そんな静かな時間が好きな玉蓮は瞳を閉じて本当に音が聞こえてこないか耳を澄ませた。

すると、頬が横に引っ張られる。

「ひ、ひたい!」

「寝る奴があるか」

書物に没頭していたはずなのに目聡すぎる。
でも寝ていたわけではないのに。

「私がお仕えしながら寝るような者に見えますか。雪の音を聞いていたのです」

「お前が雪の音を聞いていると、寝ているようにしか見えん」

そんな馬鹿な!
絶句しつつ表情で訴える玉蓮の顔が面白かったのか皇毅が口の端をあげた。

「寝ながら仕えて高禄を食むなど許さん。それならば碁につき合え。後宮にいたのだからそれくらいの嗜みはあるだろう」

「え、……碁ですか」

返事を待たず目の前に碁盤が置かれる。蓮の芯を剥くよりもさらに長い時間拘束されそうだ。

「置き石は好きにしろ。代わりにお前が投了したら、私の言うことを一つ聞いて貰う」

「……」

今、なんて?




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