静かな夜


−−−−−−−−−−−−−−−−

葵邸では侍女達が厨房場に集まり一点を見つめ絶句していた。
彼女達が卓子を囲んで見つめるのは、宮城から戻ってきた当主様の弁当だった。

「ど、どういうことなの……」

一人が口火を切って眉を顰める。
すると堰を切ったように侍女達が続いた。

「薬草饅頭だけ完食されているわ」

「何故、どうして」

「あんな不味そうなものだけ」

「何かの陰謀では!?」

言っている事が奇っ怪になって来たところで侍女達の背筋が一斉に凍った。
いつの間にか冗談の通じない家令が厨房場に来ていた。消えた薬草饅頭の謎に盛り上がろうとしていた侍女達は一礼してそのまま背中を丸めた。

玉蓮が戻ってきてから当主様との二人の掛け合いが面白くて仕方なかったのだが見つかってしまった。

凰晄は無言のまま厨房場の仕事が滞っていないか確認しながら竈に乗せられた鍋の蓋を開けた。

「火が強い。それにこまめにかき混ぜないと燕の巣が堅くなるであろう」

「申し訳ございません!」

鍋を任された侍女が深く頭を下げて急いで鍋の前に戻ったと同時に蜘蛛の子散らすように侍女達が持ち場へと散っていく。
その姿を呆れた顔で眺めたのち、弁当に目をやった。
侍女達が騒いでいたように確かに穴だらけの薬草饅頭だけが綺麗に無くなっていた。

「貴重な小麦粉を無駄にしたと思っていたが」

その言葉に何か言いたげな侍女もいたが、やっぱりよそうと口を噤んでしまった。

それにしても薬草饅頭が食べて貰えたのか一番気になっているだろう玉蓮は何処にいるのだろうか。
帰ってくるのか分からない当主様へお出しする夜食の下拵えが終わったら一息ついてお茶を飲む習慣があり、その時には来るだろうけれど。

これ以上家令の機嫌を悪くさせないよう侍女達が黙々と仕事に取りかかると、厨房場の入り口に家人が現れ報告した。

「当主様がお戻りになったぞ。この時刻ならば夜食を召し上がるだろうから西偏殿へ運んでくれ」

家人の報告に侍女達は驚いて飛び上がり、凰晄は正殿へ向かって去っていった。

厨房場に残され羹をかき混ぜる侍女は真っ青になる。

手を抜いてかき混ぜてしまった夜食が本当に固く成ってしまっていたのだ。こうなってはもう元には戻らないだろう。

「どうしよう、今から何か……別のお夜食を…、でも、小麦粉ならまだしも、燕の巣を台無しにしまった」

「どうしたの?」

凰晄がいなくなるのを待っていたかのように今度は玉蓮が顔を覗かせ、ちょこちょこと厨房場へ入ってきた。

「姫様ぁああ!どうしましょう、当主様のお夜食をお出しできそうにありません」

情けない顔をする侍女に促され玉蓮が鍋の中身をのぞき込む。
姫様お手製の薬草饅頭完食を祝おうとしていた侍女だが今はそれどころではなくなった。

「お、お助けください。こんな混ぜ損なって固くなったものお出ししたら私、どうなることか……ど、どうなるのでしょうか!?」






[ 64/75 ]

[*prev] [next#]
[戻る]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -